シャクヤク

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シャクヤク

「いらっしゃいませ」 「あれ、城元くん。だよね?」 「違います」  僕は開け放しのガラス扉から入ってきた客を見て、咄嗟に視線を逸らした。今朝入荷したばかりのシャクヤクと目が合う。 「いや城元(しろもと)くんでしょ。名札あるし」 「ジョーゲンと読みます。メキシコと日本のハーフです」 「無理がありすぎる」  呆れたような口調の春原にじとりと睨まれ、その迫力に圧された僕はあっさりと観念した。 「……まさか今時の女子高生が花屋に来るとは」 「女子高生も花くらい愛でるよ。ま、今回はおつかいだけどね」 「おつかい?」 「そ。お母さんがピアノの先生やっててね。今度生徒の発表会があるから、そのとき渡す花束を注文しに来たの」 「というわけで注文できます?」と春原が急にかしこまった口調になったので、僕もいつものように「かしこまりました」とレジ下の引き出しから注文票とペンを取り出した。  個数と値段感、受取日や花の色合いなどの要望を聞いて注文票に記入する。あとは店長と相談しながら花を選べば完了だ。  レジカウンターで受取票を書いていると、春原はレジの近くの花を眺めながら「てかさ」と言う。 「うちの高校バイト禁止だよ?」 「知ってる。だから誤魔化したのに」 「下手すぎなんだよね。でもなんでそこまでしてバイトしてるの」 「やってみたかったから」  僕がボールペンで受取日を記入しながら答えると、彼女は頓狂な声を出した。 「え、それだけ? お金が必要とかではなく?」 「うん。まあお金も欲しいけど」 「……そうなんだ」  それから少しの間があって「君は自由だなあ」と声が聞こえる。  そこに含まれていたのは嘲りではなく、むしろ感心するかのような響きだった。不思議に思って僕は顔を上げる。  すると春原もこちらを見ていたらしく、不意に目が合う。  その瞳は思っていたよりずっと綺麗で、一瞬言葉を失った。僕はその間を埋めるように音を立てて受取票を千切り彼女に手渡す。 「そんなことないよ。今もシフトという鎖に縛られてる。ほんとは休憩したいのに」 「休憩いつなの?」 「五分前に終わった」 「いや働け」  彼女はその瞳を隠すように笑って、僕はようやく「ご注文ありがとうございました」と本来言うべきセリフを思い出した。
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