2. クレーマーに注意

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2. クレーマーに注意

 どこの世界にも厄介な客というものは存在する。  そう、このレナヴィンという異世界にも。 「だから何度も言ってんだろう! こっちだって生活がかかってんだ!」  つかみかからんばかりの勢いで怒鳴る大柄の男に対し、小柄なリザさんは毅然とした態度で返す。 「おそれいります。お伝えした通り、いまのあなたのランクではご希望の金額の依頼はございません」  状況としてはこうだ。いまリザさんの前にいる男のランクはⅡ。このランクの相場はひとつの依頼あたり3000から4000ジルである。  ランクはⅠからⅤまであり、ランクに応じて依頼の難易度や報酬金額が変わる。ギルド支配人は、冒険者たちのこれまでの実績やスキルを総合的に判断してランクを付与。冒険者たちは自分のランクに応じた依頼をこなしていくという流れなのだが……この男は、「こんな安い報酬でちまちま稼いでいられるか。もっと手っ取り早く稼げる報酬額の高い案件を紹介しろ」と主張しはじめたのである。  奥のカウンターで、新規のギルド登録者の応対をしていたおれは、はらはらと事の成り行きを見守っていた。  もちろん、男がリザさんに危害を加えるような行動に出れば、体を張って彼女を守るつもりだった。本当に。できればそんな状況にならないでほしいと願っていたけれど。喧嘩なんかしたことないし。 「申し訳ございませんが、ランクに見合わないお仕事の紹介は行っておりません」 「ランクを上げるためにも仕事こなすしかねえだろ?」 「ですから、今のランクに見合った仕事を……」 「なめてんのか、姉ちゃん! こっちはふだんから鍛えてんだ! あんたらが依頼量でしか計っていないランク以上の力をもってんだよ!」  バンっと男がカウンターを叩く。  その様子を眺めながら、さっさと紹介してしまえば良いのにとおれは思った。  どうせ、報酬を支払うのは成功した場合だけだ。この男が自分の力量に見合わない仕事をして、万一命を落とすことがあっても自業自得。こんな厄介な要求をしてくるほうがおかしいだろう。  しかしリザさんは律儀に、 「申し訳ございませんが、ご希望のお仕事はございません」  と返す。  男はあからさまな舌打ちをして、 「あーあ! まったくケチなギルドだな! 王都の【エアファルング】では紹介してくれたってのによ!」  とこれみよがしな大声を上げた。  男の声はいやでも奥の新人冒険者受付カウンターまで届く。これから【アーベントイア】に登録しようとする新規登録者の列で不安げなざわめきが起こり、おれは安心させようと愛想笑いを振りまくはめになった。  この男のなにが厄介かといえば、紹介してくれるところが他にあるならそこへ行けば良いのにしつこくリザさんに絡んでいるところだ。  冒険者ギルドの登録数に制限はない。ランクや報酬が個々のギルドによってちがうため、大半の冒険者が複数のギルドを掛け持ちしている。だからひとつのギルドにこだわる必要なんてないのだ。  この男がうちのような小さなギルドにこだわる理由があるとすれば……おそらく、他のギルドでブラックリストに載ってしまって仕事を紹介してもらえなくなった、といったところだろう。  うちでもさっさとブラックリストに入れましょうよ、と視線でリザさんに訴えるも、彼女は何か考え込むように顎に手をあてている。どうしたのだろうと見守っていると、 「……【エアファルング】ではいくらの案件を紹介されたのです?」  リザさんの呟くような小さな問いかけに、男もふいをつかれたのか、先ほどの勢いを忘れて、 「あ? あーと、そうだな……10000ジルくらいの案件だ。ラウタル砂漠のワームを退治してくれって依頼で……まあ、あれだ。運悪く俺は遭遇できなかったわけだが」  としどろもどろに答えた。  ラウタル砂漠のワームというのがどのような魔物かわからないが、金額から想像するにかなり手強そうだ。  金のためとはいえ、なぜ危険をおかしてまで高難易度の依頼に挑みたがるのかおれにはわからなかった。金と命を天秤にかけたら、おれだったら迷わず命を取る。なんてことを考えてる間に、 「良いでしょう」  とリザさんは快諾した。 「うちにもちょうどラウタル砂漠のワームを退治してほしいという依頼がきています。ランクⅣの案件ですが……受注されるということでよろしいですね?」  先程まで頑なに紹介を拒んでいたリザさんの態度が一変したことに、男もおれも虚を突かれた。  リザさんは男の返事を待たず、 「ただし。私も同行致します。依頼遂行が難しいと判断した段階で撤退の指示を出しますので従ってください」  と続けた。  男がリザさんの条件に反応したのは、そのあと。リザさんが店の奥から一人の少女を連れてきた時だった。  少女はモデルのようにすらりと背が高く、浅黒い肌に白銀の髪、耳は鋭くとがっていた。  男は少女を見ると、 「なっ……ダークエルフじゃねえか! なんでそんなやつを……まさかそいつとパーティを組めっていうんじゃないだろうな!?」  冗談じゃない、とわめいた。  ダークエルフの少女は男の声にびくりと体を震わせて、リザさんの後ろに隠れる。残念ながらリザさんのほうが小柄なため、身を縮こまらせたところで、体を隠しきれていなかったが。 「ご安心を。彼女とパーティを組めというのではありません。ただ、彼女も私とともに同行します」 「どっちにしろごめんだ! ダークエルフなんて、汚れた種族!」  男の言葉に、リザさんがピクリと眉を動かした。静かな怒りのこもった視線が男に向けられる。 「……それではやはりこの依頼をお任せするわけにはいきません」  これが特別対応における条件です。リザさんはきっぱりと言い切った。  結局。よほど金に困っていたとみえて、男は渋々リザさんの条件を受け入れた。  依頼の決行日は三日後。ワームの習性から推測し、最も出没の可能性の高い日があてられた。  ラウタル砂漠はフィノスの村から50キロ程離れた場所にある。  当日、おれたちはリザさんの操縦する四人乗りの中型フライングビークルに乗って出発した。  おれの同行は条件になかったが、キレやすいクレーマー男と女性二人という組み合わせに不安を感じた為、同行を希望したのだ。すでにダークエルフの少女の同行を認めていた男は、反対しても無駄と諦めたようで、「勝手にしろ」と投げやりに了承した。  道中、おれたちの間に会話はなかった。男は先日と打って変わって緊張した面持ちで黙り込んでいる。  操縦するリザさんの隣、助手席に座るダークエルフの少女・マルタも怯えたようにおとなくしくマントにくるまっていた。  おれが彼女について知っているのは、名前くらいだ。それとなくこの間の男の差別的な態度の理由を聞いてみたが、「中には古い迷信を信じ込んでしまっている人がいるんですよ」という程度ではぐらかされてしまった。  ワームの出現予定地点は、ラウタル砂漠のちょうど中央に位置している。  フライングビークルから降りると、見渡す限り砂漠だった。もしここで一人取り残されたら自力で帰るのは難しいだろう。 「お前らはそこで見てな。ま、まあ出没しないかもしれねえけどよ」  そういって剣を構える男の声はわずかに震えていた。まるで出ないでくれと願っているようにも見える。この男は何がしたいのだろうかと呆れていると、 「いえ。ワームの習性を鑑みると、今日この時間、この場所に出没する可能性はきわめて高いです」  リタさんがきっぱりと言い放った。 「おそらく、あと数分……いや」  わずかに地面が揺れたように感じた。地震か? と思ったところで。  どっと地面から砂が吹き上がった。パラパラと頭から砂を被る。手で砂のシャワーを防ぎながら、砂の下から現れた巨大な芋虫を見上げた。  ミルク色の肌をしていて、数十センチごとに節がついている。地面の下にまだ体が埋まってるため全長は分からないが、見えている部分だけでも4メートルは優に超えていた。  直径150センチ程の無数に牙の生えた口を向けられた男は、あっさりと腰を抜かす。 「ひっ……!」  短い悲鳴を上げながら男が両手で剣を構えた。しかし力が入らないのか剣先がぶれ、とても攻撃できそうには見えない。  男は慌ただしく頭を動かし、リザさんを探した。そうしてフライングビークルの横に佇むリザさんを見つけると、すがるような視線を送ったのである。しかしリザさんは応えない。ただ無言の圧をかけるだけだ。  撤退ということで良いのですね? その場合は今後一切文句は受け付けませんよ?  視線に込められた問いかけは男に伝わったようだった。  男はぐっと歯を食いしばり、 「っ……もういい! 撤退させてくれ!!」  と叫んだ。瞬間、 「かしこまりました」  リザさんは短く答えると、すぐさま男の前へ躍り出た。そのまま、どこからともなく白銀の槍を取り出し、向かってくるワームの顎先目掛けて一撃を繰り出す。  攻撃されたワームが低く雄叫びを上げもがいている間に、 「マルタ! 詠唱を始めて下さい!」  とリザさんはフライングビークルのそばで蹲っていた少女に指示を出した。  マルタはハッとした様子で立ち上がり、慌てて黒いマントを脱ぐ。中から現れたのは踊り子のように華やかで露出度の高い服だ。服というか、下着に近い。一見、目のやり場に困る出で立ちなのだが、全身に入れられた呪術的な紋様のタトゥーが彼女を幻想的なものに仕立て上げている。  マントを外したマルタは、凛と背筋を伸ばし、小さく呪文を唱えながらその場で踊り始めた。呟いている呪文は俺には聞き取れない。しかし彼女の周りが青白く神秘的な光を灯し始めたため、魔法の詠唱をしているのだろうと推測できた。  マルタが詠唱する間、リザさんはマルタに近づけまいとワームを食い止めていた。  さきほどのリザさんの一撃から、ワームは狂ったようにのたうち回り、その凶暴性は増している。リザさんの一撃、一撃は確実にワームにヒットしていたが、どうやら完全に力を削るほどではないようだ。このまま持久戦になるか、と思われたその時。  マルタがリザさんに合図を送った。どうやら詠唱が終わったらしい。  リザさんは頷き、その場から飛び退く。  と、マルタが魔法で生み出した炎が凄まじい勢いでワームへ向かって放出された。まるで生きているかのように激しく唸りながらワームの全てを一瞬で飲み込んだ。  残ったのは先程までワームであったはずのものだけだった。  この一件でクレーマー男は心を入れ替え、自分のランクに合った依頼だけをこなすようになり、事態は無事に収束した。  あとからマルタの同行を条件に加えた理由を聞いてみたところ、 「マルタはとても強力な魔法を扱えるのですが、詠唱に時間がかかるため一人ではなかなか依頼をこなせないのです。二人以上のパーティが組めれば良いのですが……」  リザさんはそこで言い淀んだが、すでにクレーマー男の態度を見ていたおれには察しがついた。ダークエルフに対する根深い差別が影響しているのだろう。  だからリザさんは今回のような実践の積める機会を見つけては彼女を同行させているのだという。 「リザさんってやっぱり面倒見が良くて懐が広いんですねえ」  おれは思ったまま口にした。リザさんはおれのような異世界から来た人間にも優しくしてくれた。マルタの件にしても、詳しいことは分からないがレナヴィンの住民にとって容易に受け入れられることではないのだろう。  だからリザさんは本当にすごい、なんてことを考えながら先を歩いていたおれには、 「…………私は、君の思うような人間ではないですよ」  リザさんの呟きは、聞こえていなかった。
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