3.転移の真相

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3.転移の真相

 レナヴィンにやってきてから半年が経とうという頃。  おれはツェツィーリアさんからおつかいを頼まれて、はじめて王都・メルガルトを訪れた。  王都へやってきたといっても王様や貴族に用があるというわけではないので、なにも特別なことはない。ただ、フィノス村よりはるかに大きな都市であるため、人の多さには驚かされた。日本でいえば新宿や渋谷のようなところだ。人が多すぎて数メートル進むのだって容易なことではない。  人混みを掻き分けながらいくつかの店をまわり、ようやくの思いで魔道具製作に必要な取ろ諸々の部品の買物を済ませたところで、【エアファルング】という看板の前を通りかかった。  どこかで耳にした名前だなと記憶をたどり、そうだ、王都の冒険者ギルドの名前だったと思い出す。  つまり【アーベントイア】のライバル店舗だ。  【アーベントイア】と比べて、ずいぶんと立派な建物だった。三倍はあるんじゃないかという敷地面積に圧倒されつつ、一体どんなギルドなのだろうと店先を覗き見ようとしたところで、 「うわ!」  ちょうど店から出てきた人物と正面からぶつかってしまった。 「すみません、ちゃんと前見てなく、て……」  謝罪しようとしたところで、相手からの強い視線に気付き、顔を上げる。  ぶつかった相手は金髪の純朴そうな顔の青年だった。カチリと視線が合った途端。 「やっぱりショーンか! こんなところでなにやってるんだ!?」  とはじかれたように声を上げ、そのままの勢いで、 「みんな心配してたんだぞ……!」  彼はがしりとおれを抱きしめてきた。  なにが起こったのか。いきなり見知らぬ男に抱きつかれて、しばらく放心してしまったけれど、どうやら誰かと間違えられているらしいと気付き、慌てて引き剥がした。 「え……ショーンじゃない……?」  いくら自分はあんたの言う幼馴染のショーンではないと説明しても納得してもらえないので、おれは味方を求めて彼を連れ、【アーベントイア】へ戻った。  おれに抱きついてきた男の名前は、ノーマン・ブラウス。フィノスの隣、リスタルという村に住んでいるそうだ。ノーマンにはショーンという幼馴染がいて、どうやらその幼馴染というのがおれにそっくりらしい。  だが、残念ながらおれはショーンではない。リスタルという村の名前を聞いたのも、幼馴染だというノーマンと会ったのも、今日が初めてだった。ショーン・アイヒラーと相平翔。たしかに名前は似てるけどな、と思っていると、 「……ショーンさんはいつから行方が分からなくなっているのですか?」  とリザさんが尋ねた。 「半年程前からです。冒険者登録をするって言って出て行ったきり、帰ってこなくて」  答えながらノーマンは辛そうに顔を顰める。 「おれも行くって言ったんですけど。お前には家族を見ていてほしいと言われて……あの時、無理矢理にでも引き止めていれば」  項垂れるノーマンに、なんと声をかけていいか分からず戸惑っていると、 「……ショウ、あなたはここへ来てからどのくらい経つのかしら?」  ふいにツェツィーリアさんから話を振られた。 「え? は、半年くらいですけど……」  どうして突然そんなことを、と思いつつも正直に答えると、ツェツィーリアさんとリザさんは意味深な目配せをした。 「どうかしました?」  訳がわからず尋ねる。すると、 「まだ憶測の域を出ないのですが……」  と断ったうえで、二人はひとつの可能性を提示してきた。その可能性というのが、 「お、おれと、ショーン・アイヒラーが同一人物……?」  リザさんの憶測は、まるでSFのそれだった。  このレナヴィンという世界が地球のパラレルワールドの一つだというのだ。  パラレルワールドは基本的にそれぞれの世界が交わることはない。しかし、時に偶然、何千兆分の一の確率で交わることがあるという。そのきっかけが、自分と異なる次元の自分が、同時刻に全く同じ行動をした場合だというのだ。つまり。 「おれとそのショーンという人が偶然同じ行動をしたから入れ替わってしまったってことですか……?」  引きつった笑いを浮かべながら尋ねると、ツェツィーリアさんは、 「実例を知っているわけではないけれど、その類の仮説を見たことがあるわ」  と頷いた。さらに続けて、 「だからもう一度、同じ行動を同じタイミングで行なえば……」  元の世界に戻れるかもしれない。  にわかに示された希望に、俺の心臓は期待でドクドクと高鳴る。  元の世界に帰ることができるかもしれない。おれとショーンが同じ時刻に同じ行動をしさえすれば。  しかしどうやって地球にいるショーンとタイミングを合わせれば良いのだろう。そもそも入れ替わったきっかけも分からないのだ。なにかもちがう異世界の住人と全く同じ行動を取るなんて。そんなことが本当にあるんだろうか。 「ショウ。私たちが出会った時、貴方は【アーベントイア】の扉の前にいましたよね?ショーンが冒険者登録のために【アーベントイア】を訪れたのだとして、ショウは元の世界でなにをしようとしていたんですか?」  リザさんに促され、おれはもう一度半年前のあの日を振り返ってみる。  おれはあの日、姉に言われて就職活動を始めた。就職活動といっても、いきなり正社員で働くのはしんどそうだと思い、まずは派遣会社で働いてみることにした。  そう、だからあの日、おれは派遣会社へ派遣登録のために向かっていたのだ。そして、派遣会社の登録会場の扉に手をかけた瞬間。  おれはレナヴィンにいて、【アーベントイア】のドアを開き、リタさんと出会ったのである。  冒険者ギルドのシステムは、たしかに派遣会社のそれと近い。派遣会社に登録しようとしたおれと、冒険者ギルドに登録しようとしたショーン。  おれは【アーベントイア】の従業員として働き始めたけれど、もしショーンが仮におれの世界にいるとしたら、今頃おれの世界でなにをしているのだろう。 「ともかく。私もショウの元いた世界と交信できる装置を考えてみるわ」  ツェツィーリアさんはそう言って慰めるようにおれの背中を撫でた。あらゆる言語を翻訳できるブレスレットを開発したツェツィーリアさんが言うのだ。異世界と交信できる装置も実現可能なように思えた。 「……ということは、つまり……君は、ショーンじゃないってことだよな」  話に一区切りついたところで、ノーマンが口を開いた。彼の瞳にはまだおれがショーンなのではないかという期待がこもっていて、自分が悪いわけではないと分かっていても、申し訳なさでしくりと胸が痛む。 「……わるい」 「いや。おれのほうこそ、勘違いしてしまって悪かった」  ノーマンは頭を掻いて謝った。仮説通りとするならショーンはこの世界のおれなので、彼が見間違えたのも無理はないのだが。 「しかし、そうか……」  期待してしまった分、ちがった時のショックは大きい。肩を落とすノーマンに、 「よろしければ貴方が冒険者ギルドを尋ねた理由を話して頂けませんか? もしかしたらお力になれることがあるかもしれません」  リザさんが尋ねる。  ノーマンは一瞬嬉しそうな笑みを浮かべたが、すぐ思い直したように俯き、「しかし【エアファルング】の登録者でも達成できない依頼だったし……」と言い淀んだ。 「貴方のお友達のショーンは、【アーベントイア】を頼ろうとしたのよね?」 「はい。でもそれは、【エアファルング】が農民の冒険者登録を拒絶したからだと思うんです」  ノーマンの話によると、彼の村は一年近く前から魔物の襲撃を受け続けているらしい。  彼らは被害が出てすぐ【エアファルング】に討伐依頼を出した。しかし一向に依頼が遂行される気配がない。そこで業を煮やしたショーンが自分も冒険者登録をして依頼を遂行するからパーティを組ませてくれと訴えに向かったのだが……おそらく農民であることを理由に断られてしまったのだろう、というのがノーマンの推測だった。 「えっと、農民は冒険者になってはいけないという決まりがあるんですか?」  なんだか理不尽なことに思えて、おれはリザさんに尋ねてみた。危険な仕事で日銭を稼ぐ冒険者にあえてなりたいかというと別だが、今回の場合、依頼をこなしてくれる冒険者がいないという状態で致し方ないはずだ。 「明確な決まりがあるわけではありません。が、国内の職業バランスの調整のため各ギルドで登録を制限している場合があります」  表向きの理由は登録希望者の安全のためということですが、とリザさんが捕捉する。 「安全のためって……こっちは生活がかかってるんだ! 毎日力仕事だってこなしているし、力だって……!」 「ちなみに依頼の内容を伺っても?」  リザさんが再び尋ねると、ノーマンは答えにくそうに視線を泳がせたが、やがて観念したように、 「……ハイゴブリンです」  と答えた。  リザさんはノーマンの答えにわずかに表情を強張らせる。 「ハイゴブリンですか……依頼の金額はいくらで?」 「リスタルのみんなの金を集めてなんとか50000ジル……これ以上は、みんなの生活費を考えても難しくて」 「たびたび襲われているということは巣ごと排除してほしいという依頼だったわけですよね?」 「ああ……もう何年も執拗に狙われて。今度こそ、根本を断ちたいんだ」 「しかし、そうすると先程の予算では一人雇うのもやっと……もし4人パーティを組んでもらうとしたら、ランクⅢといったところですが、それではあまりにも……」 「厳しい。わかってる。金のないこちらが悪いことも。だからショーンや俺は、自らもパーティに加わることで少しでも安くしたくて……」  だんだんと話が見えてきた。  はじめはどうしてわざわざ危険な冒険者なんかになりたがるのだろうと思ったが、要は自らが加わることで人件費を削減しようと考えたというわけか。  ノーマンはオーバーオールを着たいかにも農夫という出で立ちだが、体格は程よく引き締まっていて、筋肉もついている。おれなんかよりよっぽどたくましい。冒険者としても十分にやっていけるように思えた。だが、 「無理ですね」  リザさんはきっぱりと言い切った。 「ハイゴブリンはランクⅣの慣れている冒険者でも手こずることのある相手。奴らは知能が高い為、経験がものをいうのです。単純な力だけでは、追い返すことが出来ても巣の駆除には至らないでしょう」  取りつく島のない彼女の言葉に、おれは唖然とした。けれどノーマンはよそのギルドでも言われてきたことなのだろう。だよな、というように頷き、 「ハイゴブリンは賢く、一度の撤退後、恨んだ相手を徹底的に追い回す習性がある厄介な種族。だから相当な予算を積まれても手を出す奴は少ないって」  他のギルドでも言われたよ、とノーマンは肩を落とした。  リザさんが無理だというなら無理なのだろう。諦めてノーマンを帰すしかない。分かっていても、何故だが落ち込む彼をそのまま帰してはいけないような気になった。おれがなにかを感じているというよりは、誰かの込み上げる感情を代弁するような不思議な感覚に襲われる。気付けば、 「リザさん。見積もりだけでもしてみませんか?」  などと提案していた。思えば、これが自発的に業務上の提案をした初めてだった。  リスタル村は川を越えた先にある。徒歩で向かえる距離だ。  おれとリザさんとノーマンの三人はリスタル村へ見積もりを洗い直すために向かった。  そう、リザさんはおれの提案を受け入れてくれたのである。  あと少しで村に着くというところで、ノーマンは言いづらそうに、「本当はショーンに伝えたかったんだが」と断ってから、先日、ショーンの唯一の家族だったおばあさんが亡くなったのだということを打ち明けてくれた。 「ショーンが居なくなる前から体を崩しがちだったから、あいつもあまり先が長くないことは覚悟していたと思う……。けど、亡くなった直接の要因が先日のハイゴブリンの襲撃でな」  ショーンのたった一人の家族が魔物に殺された。その事実を知った瞬間、ぞわりと全身が粟立つのを感じた。  この半年間、リザさんに付いて様々な見積もりを行ってきた。魔物に襲われて亡くなった人の話を聞くのも今回が初めてではない。だがノーマンの話を耳にした瞬間。まるで自分の家族を奪われたように激しく感情が揺さぶられたのだ。ショーンにも彼のおばあさんにも会ったことがないというのに。それは不思議な感覚だった。  リスタル村に着くと、ノーマンはまずショーンの家へと案内してくれた。  こじんまりとした木の家で、中は整理整頓されているというより、元から物が少ないという印象を受ける。  ショーンのおばあさんが着ていたものだろうか。壁に鮮やかな色彩の民族衣装がかけられている。その下の祭壇には彼女が愛用していたというスカーフが供えられていた。  おれはショーンではない。だから当然祭壇にある遺品に見覚えはない。けれど再び胸から込み上げてくる熱い思いを感じた。ああ、これはおれを通してショーンが抱いている感情なのかもしれない。  どういった理屈かは分からないが、感覚的な部分が相平翔であると同時に、ショーン・アイヒラーなのだという確信を、おれはこの時初めて抱いた。  入れ替わらなければ、ショーンはおばあさんを看取れたのだろうか。彼自身の手でハイゴブリンを倒せていたのだろうか。考えてもどうもしようがないことだと分かっていながら込み上げてくる後悔に苛まれていると、 「ショウ」  リザさんに声をかけられ、はっと顔を上げる。 「そろそろ見積もりに行きましょうか」  おれがショーンの家を訪問している間にリザさんは村内の被害状況をあらかた調査し終えていた。  次にすべきことは、直接対象のモンスターを捉え、力量を分析することである。  これが冒険者ギルドをやっていて、一番危険な仕事だ。  ハイゴブリンの巣はすでに特定されている。リスタル村から南東に進んだ森の奥。距離にして4キロほどのところだ。 「今回の調査はハイゴブリンが相手ですので、私が近づきます。ショウは、スコープでの観測と、私が合図を出したタイミングで転送機のスイッチを押してください」  リザさんの指示におれは頷いて応えた。  転送機。これもツェツィーリアさんの発明だ。青と赤のボタンが付いていて、戻りたい地点で青のボタンを押して記録を取っておくと、どこにいても赤のボタンを押した瞬間、青いボタンで記録した地点まで戻ることができる。  おれたちは薄暗い洞窟の中をゆっくりと進んでいった。ゴブリンでなくてもなにかしら出てきそうな怪しい雰囲気だ。  奥から賑やかな音が聞こえてくる。祭りでもしているかのような騒がしさだった。 「しっ!」  リザさんが指を口にあて、おれの歩みを遮る。そうして静かにスコープでゴブリンの生息数を数え始めた。  スコープのコントロールパネルの数字のカウントがどんどん上がっていく。100、200……。ゴブリンの巣というだけあってかなりの数が生息しているらしい。 「……これで大体わかりました。帰りましょう」  リザさんがおれに転送機のスイッチを押すように促してくる。頷いて応えて転送機を取り出そうとした。その時。  カツーンと転送機が地面に落ちる音が辺りに響いた。 「ギギ!?」  音に反応し、巣の入り口を守るように立っていた二体のゴブリンがこちらを見る。  おれのほうめがけて向かってくるゴブリンをリザさんが槍で食い止める。 「はやく拾いなさい!」  とっさのことに足を竦ませていると、切羽詰まった声でリザさんが怒鳴った。二体のゴブリンを同時にリザさんが抑えている間に、無我夢中で転送装置を拾い上げ、スイッチを押す。  びゅんと景色が飛び、瞬きをしている間におれたちはリスタル村まで戻っていた。 「リザさん、すみません……」  さきほどの失態を謝罪すると、彼女は何でもないことのように、 「いえ。おかげさまで、実践を交えたことにより正確な計測をすることができました」  嫌味なのか嫌味でないのかわかりかねる返事が返ってくる。 「しかし困ったことに、私たちの侵入がバレたことにより、ゴブリンたちの警戒心が高まってしまいました。それにより、一週間以内に再襲撃してくる可能性が高まりました」  ショウ、その責任をとって頂けますね?  おれには頷き返すことしかできなかった。
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