東京23時59分30秒

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東京23時59分30秒

「うわー綺麗!」  死ぬ気で来たというのに実感のない言葉が口から漏れた。東京タワーが見える六本木ロイヤルホテルの屋上で、私は自分を見下ろしていた別世界の住人たちの頭上に君臨した気分でいた。 ――屋上に不法侵入しただけだけど。 「ちょっと本気を出しただけよ」  両腕を腰にあて、冷たい風に煽られる髪に余裕の笑みを浮かべた。厳しい警備員のチェックも死ぬ気になれば何とかなった。そのせいか気分が高揚していた。  人生最初で最後のこの景色も、興奮が冷めてくると下界で見上げていた景色と何ら変わらないように思えた。所詮いつも前を通るだけの羨んだ世界を、24年間の最後の場所に選んだ。ただそれだけの事だ。 「ふー。さて、と」  息を吐いて見回すと、屋上は思っていたよりも広かった。光源はホテル名をアルファベットで模したネオン管だけ。その奥は暗く、色々な(くだ)の影が室外機やら制御盤の間を(うごめ)いているように見えて不気味だった。  このまま飛び降りて、最後ぐらい表舞台に『死に跡』ならぬ『傷跡』を残したいと思った。ただ通行人にぶつかってしまうかもしれないし、大なり小なり誰かに迷惑はかけるだろう。 ――最後の最後まで勝手なんだな私は。 「やっぱり裏手かな」  結局、私にはそれがお似合いだと思った。苦笑いしながら、もう一度ネオン管の奥をうかがった。あの世に行くことよりも、そっちに行く方が怖いとかまったく笑えてしまう。  東京タワーを眺めながら隣のビルとの間も覗いてみるかと考えていると、オレンジ色のアンテナ部分だけを残して、東京タワーの明かりがふっと消えた。 ジジジ、、バチッ
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