The Floor is Lava

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The Floor is Lava

 その日俺は、友人の田嶋の家で酒を飲んでいた。  講義がない日は、気の合う者同士で田嶋宅に集まって飲むのが恒例になっていた。講義がある日も、集まって飲むのが恒例になっていた。要するに年中無休だった。その日俺たちは、いつも通り近くのスーパーで酒やらつまみやらを買い漁り、昼間っからぐでんぐでんに酔っ払っていた。狭い四畳半に五、六人がすし詰め。部屋の中は、咽せるようなアルコールの匂いでいっぱいだった。  この田嶋という奴が実にお調子者で……普段は神学部に通っている、敬虔なる無神論者なのだが……よく酒を飲んではあることないことほざいていた。巫山戯るのが、もはや恒例行事になっていたのだ。だから田嶋が顔を真っ赤にして、「このカーペット、火山だぜ」と言い出した時も、俺たちは「あぁ、いつものやつが始まったな」って感じだった。 「カーペット、火山なんだぜ」 「あぁ」 「そうだな」  俺たちは酒を飲みながら、適当に相槌を打った。田嶋の目は、座っていた。もっとも、俺たちの目も似たり寄ったりだったが。 「今からこのカーペット、火山な!」  田嶋が、床に敷かれた赤いカーペットを指差して叫んだ。足元は、空き缶やゴミで溢れかえっていて、酔った勢いで倒れ込んだ三好(俺や田嶋と同じ三回生。物理学を選考する自称霊媒師)が棚をひっくり返し、ちょっとした事件現場みたいな有様になっていた。 「火山な! 火山。あつッ! 熱いッ!!」  田嶋が急に叫び始めた。俺たちは顔を見合わせた。  海外には、 「The Floor is Lava(床を溶岩に見立てる遊び)」 というものがあるらしい。田嶋がそれを知っていたか否かは定かではないが、要するに「その()()で」演技をしろ、と言いたかったのだろう。  俺たちはそれに乗った。酒飲みの戯言だ。 「あっち! やべ、あっちぃ!」 「ウオォォォ! volcano!!」 「ギャハハ!!」  みんな、床が火山になったふりをして絶叫した。部屋の中はたちまち大騒ぎになった。酒も入っていたので、おかしなテンションのまま、俺たちは「火山」の上で飛び跳ね始めた。そのうち俺も楽しくなってきて、床に散らばった割り箸を一本拾い上げて叫んだ。 「これ剣な! 伝説の剣な!」 「やべ、伝説の剣やっべ!」 「伝説! ギャハハ!」  大爆笑が起こった。俺は満足そうに笑みを浮かべ、伝説の剣でミートボールを突き刺して口に放り込んだ。 「じゃあこれは……」 また別のやつが、食べかけのホッケの開きを指でつまみ上げた。生暖かくなったホッケの身が、ボロボロと三好の顔に溢れた。 「これサメだから! これ今からサメだから!!」 「やべえー!! ジョーズ、ジョーズ!!」 「ジョーズ来た! ジョーズ来た!」 「醤油かけろ! 醤油!」  田嶋が醤油の瓶を振り回した。三好は笑いながら、壁に何度も何度も体当たりを繰り返した。それに何の意味があるのかと言われても、誰にも、本人にも説明はできない。所詮酒飲みの戯言なのだ。 「今から俺が言ったもの、この部屋では全部本当になるから!」  田嶋が爆笑しながら言った。 「俺、神だから! 俺、神だから!」 「やめろよ、もう変なこと言うのやめろ! 全部本当になるぞ!」 「全部本当になる! ギャハハ!!」  そういうもの、としか言いようがない。そういう遊びだったのだ。デタラメに口走ったもの、その全てが具現化する、()()()だ。ジョーズはそのうち16ピースくらいになって床に溢れ落ちた。言ってること全て滅茶苦茶で、それが楽しくて仕方なかった。 「この皿を、今日から10億円玉に任命する!」 「ティッシュ一反木綿! ティッシュ一反木綿!」 「このマスク、××××の……」  およそここでは書けないような下ネタが飛び交い、また大爆笑が起こった。しばらくは下ネタのゲリラ豪雨が続いた。俺は腹が捩れそうになるくらい笑い転げた。吐くほど面白かった。床……いや「火山」に涙の水たまりができるほどだった。 「ティッシュ一反木綿、なあ! これ、ティッシュ一反木綿……」 「わぁったよ」 「オイ、田嶋?」  だけどそのうち夜も更けて来て、大分アルコールが抜けて来た頃だった。 「具現化遊び」も大分下火になった、と思った、その時だった。 「田嶋?」 「どうした?」  田嶋が一人、窓の外に身を乗り出し、何かを見上げていた。  怪訝に思った俺たちは、田嶋の周りに集まった。飲み過ぎて窓から道路に吐いてるのだろうか? 「大変だ……」  田嶋はすっかり酔いが醒めた様子だった。 「田嶋?」 「何見てたんだよ?」 「何かあったのか?」  不意に、地鳴りが聞こえて来た。 「緊急速報です。ただいま都内の火山が300万年ぶりに活動を再開し……避難し……くれぐれも」  途切れ途切れに、ラジオの声が聞こえて来る。俺は前につんのめりそうになり、転んではかなわないと、思わず手を突き出した。  その瞬間、俺の手のひらが何かヌメッとしたものに触った。「火山」……いや床から何か、生えている。まるで魚のヒレのような……。  俺は田嶋を見上げた。  田嶋は顔面を蒼白にして、声を震わせ、俺たちに告げた。 「神は存在した」
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