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エピローグ
ソファにだらしなく横たわり寝息を立てる理恵。今夜はいつになく酒を飲み酔っていた。ずっと背負っていた重荷を下ろしほっとしたのもあったかもしれない。私はそんな妻を冷たく見下ろした。
「いつもより強いお酒を飲ませてあげたからね。よく眠れるだろ」
墓地で哄笑を響かせた後、理恵は不意に嗤いを収めると「帰るわ」と言い先に立って歩き始めた。その豹変ぶりに唖然としつつも何も言えないまま車に乗り込みこの家に帰ってきたのだ。人間、あまりに衝撃を受けると逆に平静でいられるのかもしれない。私はいつものように風呂に入りいつものように食事をとった。娘たちが亡くなってから理恵はよく酒を飲む。今夜はいつもより強い酒を用意してやると喜んで飲み干した。
ふと視線を上げるとそこには家族写真が飾られている。美愛が幼稚園に入った頃四人で撮った家族写真だ。仲睦まじく写る家族の写真。でもそれぞれが裏の顔を持っていた。妻の姉を愛していた夫、その姉を殺した妻、やがて憎しみ合う姉妹……。私は大きくため息をつく。
「美恵、つらい思いをさせてしまったね。父さんのせいだ。父さんにもっと勇気があれば。お前と二人で家を出ればよかったんだ。結局美愛も不幸にしてしまって……。二人ともすまない」
本当は気付いていた。美恵を見る時、理恵の瞳に宿る憎悪の影を。でも見て見ぬフリをして過ごしてきた。そしてその結果がこれだ。
「ごめんな」
再びそう呟きリビングから出て寝室に向かう。そしてクローゼットから一本のネクタイを取り出した。
「ああ、これだ」
それは少し古びた桜色のネクタイ。遠い遠い昔、姉妹がお金を出し合って父の日にプレゼントしてくれたもの。それを手に再びリビングに戻り理恵を見下ろす。
「君が美沙を殺したのか。私が愛してたのは美沙だけ。君じゃない」
私は理恵に向かって微笑んだ。
「でもいいじゃないか、君は生涯私の妻だった。それでいいじゃないか。さぁ、美恵と美愛が君を連れて行ってくれるよ」
そう言って私は姉妹のくれたネクタイをそっと妻と呼んだ女の首に巻き付けた。
了
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