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あれは確か小学二年生になったばかりのこと。授業参観の前日、隣の席の浜田咲良が話しかけてきた。小柄で目のパッチリしたなかなか可愛らしい少女なのだがいつも不満を抱えたように口を尖らせては誰かの悪口を言っている。苦手な相手だった。
「明日は授業参観だね。でもうちは仕事で来られないんだってさ。つまんないの」
咲良は頬を膨らませる。
「美恵ちゃん家はお母さん来てくれるの?」
うん、と私は頷く。
「美恵ちゃん家のお母さんって美人だよねぇ。モデルさんみたい! うちのお母さんなんかぶくぶく太っちゃってさぁ。やんなっちゃうよぉ。美恵ちゃんはいいなぁ」
こう言われるのは悪い気はしない。だが、この後に必ず余計な一言がついてくる。
「でもさ、美恵ちゃんってお母さんと全然似てないよねぇ。あ、ごめんごめん、別に美恵ちゃんが美人じゃないって意味じゃないのよぉ」
咲良はいつもそんな言い方をしてはニタニタと笑う。嫌な子。
「うん、確かに似てないよねぇ」
いつの間にかクラスの女子数人が会話に参加してきた。
「私、美恵ちゃんのお父さん見たことあるけど、お父さんにもあんまり似てないよね」
すると咲良がわざとらしく大きな声で言う。
「ちょっと、みんなやめなさいよ。美恵ちゃん可哀想じゃない。それじゃあまるで美恵ちゃんがお父さんとお母さんの本当の子供じゃないみたいだよぉ」
「あ、ごめぇん。別にそういうわけじゃないよ? やだなぁ。そんな暗い顔しちゃって」
私はいたたまれなくなり教室を出る。後ろから女子たちの笑い声が聞こえてきたが振り返らずトイレに駆け込み顔を洗った。鏡に映る自分の姿をぼんやりと眺める。
(確かに似てない。父さんにも母さんにも)
その日帰宅すると私は母に聞いてみた。
「ねぇ、お母さん、私ってどんなところがお父さんやお母さんに似てると思う?」
母は眉を顰める。
「どうしたの? 美恵ちゃんまた学校で何か言われた?」
私は慌てて首を横に振った。
「ううん、そうじゃないの。今日鏡を見ててどこが似てるかなって思っただけ」
すると母は少し考えるような仕草をした後こう言った。
「そうね、耳の形なんか美恵ちゃんとお父さんそっくりよ。色白なところは母さんに似てるわね」
「そっかぁ。うん、そうだね」
私は曖昧に頷いてその話題を切り上げた。
(耳の形なんかみんな似たようなもんじゃない。それにそんなとこ似ていても全然嬉しくないよ)
色白なところにしたって、母はすべすべした綺麗な肌だが私のは違う。そもそも外で遊ぶのが好きじゃないから日に焼けてないだけだ。私はため息をついた。
(目とか口とか鼻とか、そういうとこが似てたらよかったのに)
本当はそう言いたかった。でもそんなことを言えば母は悲しむだろう、そう思って言えなかった。両親から愛されていないと感じたことはない。むしろとても可愛がってもらっていたと思う。でもこの“両親と似ていない”という事実は常に心の片隅にあり私を苦しめ続けた。
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