1.姉

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 しばらくすると母も考えが変わったのか絶対大学に行きなさいとは言わなくなった。 「まぁ、今は大学さえ出ればいい会社に就職できるってわけでもないし、結婚しても共働きの家庭も多いものね。公務員というのもいいかもしれないわ」  どうせこんな器量では結婚もできないだろうから安定した職業に就いていた方がいい、そんな考えからかもしれない……なんていうのは穿ち過ぎだろうか。とにかく母の金切り声を聞かずに済むのはありがたい。私はほっと胸を撫で下ろした。昔の母はどちらかというとおっとりした雰囲気だったのだが最近は気に入らないことがあるとすぐに金切り声をあげる。美愛とそっくりだ。いや、美愛が母にそっくりなのだろう。ともかく私は必死に勉強し無事公務員試験に合格した。  公務員として働き始めた翌年、成人となったのを機に家を出た。安い給料からコツコツと貯めたお金だけでは到底足りなかったのだが、足りない分は驚くことに父が援助してくれた。 「ひとり暮らしするのは構わないが何かあったらすぐに戻ってくるんだぞ。ここはいつまでも美恵の家だ。それから年末年始は必ず実家で過ごすこと」  父はある日私の部屋に来てそう言った。そして大学に進学しなかった分浮いた学費だとまとまったお金を渡してくれたのだ。 「ありがとう、お父さん」  父に心から礼を言うと父は照れ臭そうに娘なんだから当たり前だ、と言い残し部屋から出て行った。これでようやく家を出ることができる。いくつかの物件を回り職場から二駅程離れた場所にアパートを借りた。自分だけの部屋、自分だけのキッチン、自分だけのバスルーム。それだけでも毎日ウキウキできた。
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