1.姉

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 ひとり暮らしを始めた私は父との約束を守り年末年始は実家で過ごした。帰ったところでたいして会話があるわけでもなく私は持って行った文庫本を読みながらこたつで過ごすだけ。 「お姉ちゃんそんな分厚い本よく読めるよね。しかも字ばっかり。何が面白いのかサッパリわかんない」  中学に上がったあたりから美愛は私に会う度そんな憎まれ口を叩くようになった。私はと言えば美愛の言葉など気にも留めず「これはこれで楽しいのよ」と答え再び本に目を落とすのだった。  そんな美愛も高校に上がったあたりから年末年始も友達と過ごすことが多くなり、実家に帰ってもほとんど顔を合わせることはなかった。遅くまで外で遊び回ることに両親はもちろんいい顔をしなかったが相変わらず美愛には何も言えないようで黙認されている。 「あの子、四月には高校三年生になるってのに全然勉強しないのよ。困ったものだわ」  母の愚痴に私は文庫本に視線を落としたままでおざなりに頷く。美愛は近所の小学校、中学校と進み高校からは私立の女子高へと進学。友達と遊んでばかりでろくに勉強もせず、併設の女子大へと進めるかどうかも怪しいらしい。 「毎日デートだなんだで出掛けちゃって。あの子、彼氏はすぐできるんだけどねぇ。女の子の友達とはなかなかうまくいかないみたいなのよ。可愛いから妬まれちゃうのかしらねぇ」  母の言葉を私は信じられない気持ちで聞いた。思わず視線を上げまじまじと母の顔を見る。 「なぁに、美恵ちゃん、どうしたの?」 ――性格悪いからに決まってるじゃん。  そう言いたい気持ちを抑え、何でもないと呟き再び本に目を落とす。 「今おつきあいしてるっていう長谷川君はいい子なんだけどねぇ。最近うまくいってないらしいのよ。ほら、昨日電話があった子」 「ああ……」  美愛はあまりにも勉強しないので父にスマホを取り上げられていた。それで彼氏が家の電話に連絡してきたのだ。今時珍しい礼儀正しいきちんとした男の子だった。よく美愛なんかと付き合えるなぁと思うくらいだ。 「あら、美愛帰ってきたのかしら」  玄関のドアを乱暴に開く音が聞こえてくる。彼氏と初詣に行っていたはずだがやけに帰りが早い。喧嘩でもしたのだろうか。ただいまも言わず大きな足音を立て廊下を歩くいく。 「美愛ちゃん、おかえり。早かったのね」  母に声をかけられリビングの入口で足を止めた美愛は物凄い形相で私を睨み付けていた。何なんだ、この娘は。 「何よ、美愛」 「別に」  結局その年私と美愛が交わした会話はこれだけだった。
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