1.姉

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1.姉

 名前負け、という言葉がある。私の場合まさにこれだ。森崎(もりさき)美恵(みえ)。これが私の名前。美しさに恵まれる、と書いて美恵。なのに美しさになど全く恵まれていない。笑ってしまう。一番苦痛なのは名前の漢字を説明する時だ。小さい頃は「美しい、にです!」などと張り切って答えていたものだが、やがて大人になり自分が不細工であることを自覚すると「美しい、にです」とおそるおそる説明するようになった。  重苦しい一重瞼に腫れぼったい唇、少し下膨れの輪郭。肌だけは抜けるように白かったがそれですら生まれつきのアレルギーでいつも荒れており何の慰めにもならない。鏡を見る度にため息が出る。  それでも、幼稚園に通うようになるまでは自分の容姿についてそんな風に考えることはなかった。比較の対象がいなかったからだろう。ところが、幼稚園に通うようになりお友達が増えていくにつれ『かわいい子』と『かわいくない子』の違いを知るようになった。真ん丸お目目の加奈ちゃんはかわいい、すらりと手足の長い真美ちゃんはかっこいい。じゃあ、自分は? そう、自分はどう見ても『かわいくない子』だった。顔がかわいいわけでもスタイルがいいわけでもない。それでもみんなとお遊戯をしたりお歌を歌ったりするのは楽しくて、幼稚園には喜んで通っていた。特に歌の時間では、美恵ちゃんいいお声ねとよく褒められて嬉しかったのを覚えている。ところが小学校に上がると状況は一変した。運の悪いことに小学一年の時、クラスのガキ大将に目をつけられたのだ。山下という体の大きな男の子だった。彼は毎日のようにブス、ブスと私をからかう。 「お前それでも目ぇ開いてるのかよ、はーい、これ指何本ですかぁ?」  彼は私の前に指を突きつけて囃し立てる。やめなさいよ、と止める女子もいたがそんな女子の口元にも笑いが貼りついていた。当時私に付けられたあだ名は平安ブス。色白の肌と細い目が平安時代における美人の要件だったらしいと授業で聞いた女子が、美恵ちゃんは平安美人ね、と言ったのが発端だった。その言葉を聞いた男子が、こいつは平安時代でもブスだろう、と言って笑ったのだ。 「なあ、平安ブス、お前さぁ、ほんっと不細工だよなぁ。そんなんで外歩いてて恥ずかしくねぇのかよ。勇気あるよなぁ。俺だったら家ん中で布団被って寝てるぜ」  学校からの帰り道、男子たちの嫌がらせが始まる。でもこんなのいつものことだ。もう慣れた。
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