1.姉

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「でもよ、俺、前から思ってたんだけどさぁ」  主犯格の山下が顎に手をあて何やら考え込むような仕草をする。 「お前の父ちゃんも母ちゃんも別に不細工じゃねぇよな。つか母ちゃんなんかすげぇ美人じゃんか」  山下の子分である野村がしたり顔で頷いた。 「ああ、俺もこの前の授業参観で思った。確かにこいつの父ちゃんも母ちゃんも全然不細工じゃないよなぁ」 「あ、わかった!」  と、山下がやけに嬉しそうにして私の顔を覗き込む。 「お前、拾われたんだろ」  容姿に対する悪口には慣れていたが、この“両親と似ていない”という言葉、“拾われたんじゃないか”という言葉はとても深く私を傷つけた。 (私は本当の子じゃない……の?)  何か大きな塊が胸につかえたようになり言葉が出ない。心臓がバクバクする。私は立ち止まり唇を嚙んで俯いた。 「うん、きっとそうだ。お前は橋の下で拾われたんだ!」 「うわ山下、お前その言い方古くね?」 「そっかぁ、野村? じゃあ、あれだ。ショッピングモールだ。きっとお前の母ちゃんショッピングモールでお前を拾ったんだよ」  男子たちは私を指さしてケラケラと笑う。 「うるさい!」  もう我慢できなかった。珍しく言い返した私を見て男子たちはきょとんとしている。だがその一瞬後、大笑いし始めた。 「ほら、本当のこと言われたもんだから怒ってるぜ、こいつ」 「ウケるなぁ、まじ」  私は耐え切れず両手で耳を塞ぎ全速力で走った。 ――拾われた子、拾われた子、拾われた子……。  その言葉が頭の中で何度も何度も鳴り響く。 (そう、確かに私はお父さんにもお母さんにも似てない。そんなことずっと前に気付いてた)  家族写真を撮る度、母や父と一緒に鏡に映る度、私は思い知らされてきたのだ。 ――全然似てない。  父も母もパッチリとした二重だし私のようにぼってりとした厚い唇ではなく薄くスッキリとした口元をしている。でも血の繋がりを全く感じないわけではない。私は母方の祖父によく似ていた。祖父は既に他界しており写真で見ただけだがその瞳は重苦しい一重瞼でその唇は私のように分厚かった。 (うちにはちゃんと赤ちゃんの頃の写真だって、へその緒だってあるもん。拾われた子のはずない。そうだよね?)  その日、私は夕飯の支度をする母の背中に向かい男子たちに言われたことを話した。 「あのね、うちのクラスの男子ひどいんだよ。お前は橋の下で拾われたんじゃないかって、ショッピングモールで拾われたんじゃないかって言うの」  すると母は勢いよく振り向き、今まで見たことのないような形相で私に詰め寄った。 「美恵ちゃん、そんなこと言われたの? 言ったのは何ていう子? 名前を教えなさい、お母さんその子の家に電話するから! いくら子供でも言っていいことと悪いことがあるわ!」  母のその様子に驚いた私は慌てて止めた。そんなことをしたら余計にいじめられるに決まってる。 「ううん、いいのいいの、ちょっとからかわれただけ。ちゃんと『そういうこと言うの止めて』って言ったから。きっともう言われない。大丈夫だよ」 「本当に? 美恵ちゃん今までもそんなこと言われてたの?」  私は首を横に振って言い訳した。 「違うの、今日初めてそんなこと言われて少しびっくりしただけ」  母は今一つ納得していないようだったが電話をかけるのは止めてくれた。 「もしまたそんなことを言われたらすぐお母さんに言うのよ。美恵はお母さんとお父さんの大事な子なんだからね」  そう言って私の頭を撫でると母は微笑んだ。私は胸につかえた塊が溶けていくのを感じる。 (そうよ、私はお母さんの子。大好きなお父さんとお母さんの子だ。当たり前じゃない。バッカみたい)  それ以来学校でいじめられても家では話さないようにした。大好きなお母さんが怒ったり悲しんだりするのが嫌だったから。
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