1.姉

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 頼りになる父に優しくて美人な母。私は両親のことが大好きだった。母はとても家庭的な女性で専業主婦として家のことを全て取り仕切り、我が家はいつも清潔でいい香りがした。両親はオペラ鑑賞が趣味でその趣味を通じて知り合ったのだという。二人は年に数回オペラ鑑賞に出掛ける。残念ながら子供の私は連れて行ってはもらえず、シッターさんに抱かれ着飾った父と母を羨望の眼差しで見送るのだった。家でもよくアリアが流れており、そんな環境だったせいか私は幼い頃から音楽が好きでピアノが習いたい、歌の教室に通いたいとせがんだ。ところが他の習い事はいくらでもさせてくれる母がそれだけは頑として認めない。 「美恵ちゃん、もしお教室に通うようになったらお家でも練習しないといけないでしょ? でもうちはマンションだから静かにしないといけないの。お隣の高橋さんの家にはお年寄りがいるし二軒向こうには生まれたばかりの赤ちゃんもいるでしょ? だから我慢しようね」  確かに当時私たちはマンションに住んでおり騒音にはかなり気を使って過ごしていた。私は母の言葉に頷き渋々諦めざるを得なかった。それでもやはり音楽を聴くのは大好きで、休日にはオペラの名曲が流れる部屋で母と共に過ごした。日当たりの良いリビングで音楽を聴きながらゆっくりと本を読む時間は私にとって至福の時。やがて夕方になると釣りから帰った父がその日の釣果をクーラーボックスから取り出して自慢話と共に母に渡す。母はにこにこしながらその魚たちを手際よく捌いていくのだ。穏やかで幸福な家族の団欒がそこにはあった。  だが幸せな休日は瞬く間に過ぎ去り無慈悲な月曜日がやって来る。楽しい日曜日も夜になると憂鬱でしかない。ああ、もうすぐ月曜がやってくる。学校に行かなきゃ、そう思うだけでじんわりと涙が浮かんだ。この世から月曜日なんてなくなればいいのに、真剣にそう考えたぐらいだ。今思えば学生生活なんてあっという間に過ぎ去っていくのだからほんの少し我慢すればいい、そう思える。だが小学生当時の私にとって学校で過ごす一日は気が遠くなるほどに長く、一年なんて永遠に感じるほどだった。年を経るごとに一年が短く感じるようになるのはなぜなんだろう。子供にとっての一年は大人にとっての一年よりも数倍長い。それだけ吸収することが多いからだろうか。楽しい出来事も悲しい出来事も真正面から受け止めてしまうからだろうか。明日もまた男子たちは私をからかい、女子たちはニヤニヤ笑いながらそれを眺めるのだろう。私は布団に入りため息をついて目を瞑った。
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