1.姉

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 私が中学一年、美愛が四歳になる年に私たちは引っ越した。念願のマイホームである。家族が増えて今までのマンションでは手狭になったのと、ちょうどいい物件があったからだという。私は学区が変わることになったがむしろその方がいいと思った。中学でも一緒にいたいと思えるような友人なんていない。どちらかというと二度と会いたくないような連中がほとんどだ。これで嫌なことを言われなくなるかもしれない、そんな期待を胸に新生活を迎える。幸い中学では面と向かって私の容姿をいじるようなクラスメイトはおらず、少ないながらも友人ができた。ようやく私は穏やかな日々を過ごせるようになったのだ。  美愛もすくすくと成長し家族で出かけることも増えていく。私が美愛を連れて歩いているとよく声をかけられた。 「まぁ、可愛らしい。親戚の子?」  年も離れているし見た目が全く似ていない私たちを姉妹だと思う人はまずいなかった。中には私を人さらいのように言う大人までいた。そのたびに私は傷ついたが、美愛を可愛いと思う気持ちの方が勝り私はいつも美愛と一緒にいた。美愛が幼稚園に通い始め家に友達を連れてくるようになるとみんなに絵本を読んでやったり一緒に外で鬼ごっこしたりして面倒をみてやることも増えた。そんな私を見て母は、 「美恵ちゃんすっかりお姉さんね。えらいわ」  と誉めてくれる。それも嬉しくて私は美愛の面倒をよくみたものだ。仲のいい姉妹だったと思う。  美愛は小学校に上がるとピアノが習いたいと言い出した。 「美愛、ピアノがしたいの。ね、いいでしょ?」  母は「そうねぇ」と言って私の顔をチラリと見る。私がピアノも歌も習わせてもらえなかったことをどう思っているか窺うような視線だった。 「習わせてあげようよ、母さん。もうマンション住まいなんじゃないんだしいいじゃない」  私がそう言うと母はあからさまにホッとした表情を浮かべる。 「じゃあ見学に行ってみましょうか」  美愛が歓声を上げる。母と美愛はさっそく教室を探し、教室が決まるとピアノを買った。 「美恵ちゃんも習ってみる?」  と母は言ったが高校生になって今更習うのも、と思い私は首を横に振った。美愛は毎日意気揚々とピアノの前に座り出鱈目なメロディーを奏でる。どうも美愛に音楽的なセンスはないらしく甲高い声で歌いながらピアノの鍵盤をバンバンと叩く様子を見て家族は苦笑したものだ。  一事が万事こんな調子で美愛はとても甘やかされて育った。普段はにこにこと愛想のいい子なのだが気に入らない事があると途端にキィキィ声で喚き散らす、そんな子になってしまった。 「嫌、嫌ったら嫌! 美愛は嫌なの!」  一度こうなると手が付けられない。私と母は途方に暮れて彼女の機嫌が直るのを待つのだった。考えてみればきちんとした躾をしないのは一種の虐待だったのかもしれない。美愛は可愛らしい顔をした驕慢な少女へと成長していく。そして私たち家族にとって忘れることのできないあの出来事が起こる。
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