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昨日から何も食べていないので空腹だ。食欲はたいしてないのだがお腹がきゅるきゅると鳴っている。途中でコンビニに寄りおにぎりを買った。幸いまだ十分時間はあるので私は公園のベンチに腰かけひとりでおにぎりをぱくつく。
(なんだかホームレスみたい)
ふとそんな風に思う。
(ま、ホームレスみたいなもんか。あんな家、私の家じゃない)
美愛が「お姉ちゃんみたいな顔になりたくない」と言ったのももちろんショックだったが、私が一番傷ついたのは「美愛はお姉ちゃんみたいな顔にはならないから大丈夫よ」という母の言葉。
(大丈夫ってなによ。あなたはあんな不細工にはならないから大丈夫ってわけ? 私の顔は大丈夫じゃない顔ってこと? 何が二人ともお姫様よ。嘘つき)
昨日の様子を思い出すと涙が溢れてくる。早く食べなきゃと思い急いで涙を拭った。
「あっ……」
その瞬間、おにぎりの具が地面にポロリと落ちる。
(鮭、全部落ちちゃった……)
なんだかますます惨めな気持ちになり残りのご飯と落ちた鮭を拾いコンビニの袋に放り込んだ。クルクルと袋の持ち手をねじって縛りカバンに押し込むと掌で涙を拭いて学校へと向かう。その日は授業の内容なんか全く頭に入らず気付けば下校時間だった。部活もアルバイトもしていない私は真っすぐ家に帰るしかない。憂鬱な気分で教科書を鞄にしまっていると香織が声をかけてきた。
「美恵、どうしたん? 何か顔色悪いよ?」
香織は私にとって初めてできた“親友”と呼べる存在だ。暗い顔の私を心配してくれたらしい。
「うん……。昨日さ、ちょっと嫌なことがあって」
「何よ、聞くよ? じゃあさ、ハンバーガーでも食べて帰ろうよ。ね?」
私は香織の好意に甘えることにした。このまま帰宅するのは憂鬱すぎる。
「えー?! そりゃひどいねぇ。まぁでも妹ちゃんまだ小二だよね? そんなに深く考えずに言っちゃったんでしょ。きっと後悔してると思うよ? 仲良かったじゃん、美恵と」
まぁそうなんだけど、と私はポテトを口に放り込む。
「母さんもひどいと思わない? 大丈夫って何よ。私それが一番むかついてて」
「うーん、お母さんも妹ちゃん宥めようと思ってついそんなこと言っちゃっただけっしょ。気にしない、気にしない。私なんかさ、うちの弟にいっつもブス姉、ブス姉って言われてんだよ?」
香織は私を笑わせようとおどけた口調でそう言った。
「ね、元気出しなよ。それより今度の学園祭、もちろん合唱出てくれるよね?」
来月は高校の学園祭だ。クラス毎に演劇や合唱が行われる。
「うん、いいよ」
「やったぁ。美恵、ほんと良い声してるもんねぇ。歌もすっごいうまいしさ。頼りにしてるよっ」
私は「任せておいて」と笑顔で頷いた。何の取り柄もない不細工な私に唯一神様がくれたもの、それがこの声だった。小さい頃から美恵ちゃんは良い声してるわね、と言われることはあったが、当時は声なんか褒められても嬉しくなかった。他に褒めるところがないからそう言ってるだけなんだ、と聞き流していた。ところが高校生になったばかりのある日、音楽担当の女教師にこんなことを言われたのだ。
「森崎さん、もっと喜びなさい。顔なんかね、化粧とか整形とかでいくらでも変えられるでしょ? でも声は違うのよ? 声って変えられないもの。ああ、先生も森崎さんみたいな声だったら声楽続けてたわぁ」
それを聞いて以来私は積極的に合唱などにも参加するようになった。せっかくの長所を活かさない手はない。もともと歌や音楽は大好きなのだ。
「じゃあまた明日ね!」
香織と話をして少し心が軽くなった私は家路を急いだ。
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