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コロナ渦中の闘病日記 -15,高齢者の苦悩-
現在入院している医療センターは、元々高齢者向けの病院だった。数年前より幅広い世代の入院を受け入れるようになったが、入院患者の平均年齢は80歳。アラフォーの私は若者扱いされ、入院したばかりの頃はからかわれているようで不快だった。しかし、冗談抜きで病棟で一番若いのは私なのである。
普段接している看護師は20代~30代の方で、歳の離れた妹や弟のようだ。次第に雑談も出来るようになり、仕事の悩みを打ち明ける看護師も何人かいた。
「せん妄って知ってます?」
16時の点滴の点滴の準備をしながら看護師の1人が質問してきた。
「せん妄?いや、知らないです。初めて聞き
ました。認知症とは違うんですか?」
「違いますよ」
ちょっと得意気になった看護師が可愛らしくみえた。
「認知症は症状が右肩下がりで回復する見込
はないですが、せん妄は70歳位から見られ
る高齢者の精神疾患で、入院してから3~4
日くらいに一時的に見られるんです。せん
妄の症状があった翌日や翌々日辺りから正
常にもどるんですよ」
そう言えば…。
私は向かい側のベッドで、スヤスヤ昼寝をしている90歳位のご婦人をチラッと見た「検査入院で4日前にお向かいさんが同室に
なったのですが。昨晩、突然民謡を吟いだ
したり、誰かの名前を繰り返し呟くのです
が。もしかして、せん妄?」
声のトーンを落として看護師に話すと、それは、せん妄の症状だと教えてくれた。ご婦人は認知症は患っておらず、心臓の検査入院の方だったからだ。
「入院して環境が急に変わって一時的にパニ
ックになるんです。点滴を勝手に抜いて血
まみれになる患者さんもいましたよ。数日
後に点滴抜いたの覚えてる?と聞くと覚え
ていなくて、普通に会話できるんですよ」
そして看護師はため息をついた。
「せん妄が起きたり、認知症の患者さんの症
状が悪くなるのはこ家族と会えないことが
原因なんです。コロナで面会は原則禁止な
ので、患者さん達は寂しいんですよ」
「確かに。私も入院してからパートナーや友
人と会えなくて寂しいです」
「私達看護師も心苦しいです。心を鬼にして
面会をお断りしています。コロナが院内に
広がったら困りますので」
泣きそうな表情を浮かべた看護師に、私は黙り込んだ。
大学、大学院時代に学んだ社会学、社会福祉学の記憶を辿って彼女の発言の意味を考えた。
人間は、"社会"を形成して生きている。一番小さな社会である家族と離されることで、特に高齢者は精神的な影響を受けやすい。
コロナの院内感染防止の為とはいえ、なかなか理解できない高齢者もいる。院内での患者同士の会話もマスク着用の上、5分以内とされている。同室の患者同士の会話は滅多になく(遠慮なく大声で会話をする患者達は、看護師から会話を控えるよう注意される)せいぜい挨拶を交わす程度だ。
寂しさのあまり我が儘を言って看護師を困らせる高齢者もいた。
検査がなく落ち着いているある日曜日のことだ。
「おばあちゃん、今担当の看護師がくるから
ベッドで待ってて」
廊下にベテラン看護師の声が響いた。
個室にいた80代とおぼしき認知症のご婦人が廊下に出てきたのである。
「だって、家族に連絡したいのに公衆電話へ
連れていってくれないのよ。会っちゃ駄目
とか言われるし、会えないし。私がしつこ
く言うから嫌んなっちゃったのよ。だから
来ないのよ」
ご婦人の悲痛な訴えが一番奥の病室にいた私がお世話になっている部屋にまで聞こえる。最初は元気なご婦人だな、くらいにしか思わなかった。しかし、悲鳴とも何とも判断つかぬ大声に他の患者も驚いたのか、院内は静かになった。
「他にも患者さんいるから、順番に回ってい
るの。あと少しで担当の看護師が来るから
待っててね」
ベテラン看護師に宥められ、こ婦人はしぶしぶベッドに戻った。
公衆電話はデイルームの一角にあり、病棟から出ないと行けない。認知症のご婦人は歩行も困難なので車椅子でいつも移動していた。必ず看護助手か看護師が車椅子を押していた。高齢者でスマートフォンや携帯電話を持っている方はごく少数で、テレフォンカードか10円玉で公衆電話を使って家族と連絡をとっている。
土日は検査がなく、平日より医療従事者の数が減る。それは建前の理由であって、人件費諸々の事情が絡んでいるのだが。
その後、私はデイルームでパートナーとスマートフォンで連絡を取っていた。通話を終えて公衆電話の部屋の方を見ると、先程のご婦人が10円玉を使用してご家族と連絡をとっていた。
そのご婦人は現在も継続して入院されているが、もう1人認知症のご婦人が同日に家族に会いたいと懇願し、数日後には退院したという。治療は必要であったが本人が拒絶し、やむ無く家族の同意を得ての退院だった。1日に2人の患者が家族に会えない寂しさを訴えていたのだ。
ニュースではなかなか取りあげられないであろうコロナの二次、三次被害。医療現場にいなければ分からない実態に、言葉を失った。
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