1:なかよしのルール

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1:なかよしのルール

 まるで化け物にでも出くわしたかのような表情で私を凝視する先生に気づき、その視線に従って私は尻すぼみに作文の音読をやめた。私の言葉が完全に止まると、教室全体は少しずつざわめき立っていく。しばらく私は教室内に蔓延る違和感の正体を探っていたが、不意に隣の席のいおり君が、 「茜ちゃん、早く先生に謝りなよ。嘘を言ったらだめなんだよ」  私の右袖を二回軽く引っ張りながら小さく耳打ちし、それから黒板の横に貼ってある『なかよしのルール』と名付けられた紙をずいと指差した。なかよしのルールとは、去年の春入学式の朝に先生がそこに掲示し、強制的に導入されたこのクラス特有の約束ごとだった。彼に促されるまま上から順に黙読する。  ひとつ、ありがとうをつたえよう。  ふたつ、楽しいを分け合おう。  みっつ、うそを言ってはいけません。  この日、私はどのルールも破っておらず、批難される覚えはなかった。それでもいおり君は執拗に、ほら早く、ねえ茜ちゃんってば、早くごめんなさいって言ってよ、先生怒っちゃうから、ねえ、と私を急かす。どうしていおり君は私を嘘吐きだと決めつけるのだろう。気づけば左隣の席のまりちゃんも、後ろの席のみいなちゃんも、前の席のはやと君も、いおり君に倣って「嘘はだめだ」と代わる代わる私に向かって「先生へ謝罪の言葉を伝えろ」と叱責してくる。私がどうしたらいいものかと口を噤んでいると先生は、 「……少しのあいだ、自習の時間にします。みんな、教科書の××ページに載っているお話を声に出さずに読んでいてください。あとで感想を訊きますから、先生がいなくてもしっかり読んでおくこと――では、森下さんは先生についてきてください。自習、始め」  私は言われるがまま先生に続いて教室を出る。いおり君はまるで私へとどめを刺すかのように、 「すぐごめんなさいって言うんだよ」  と私の背に言葉をぶつけてきたが、私は返事をしなかった。
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