勿忘草

5/6
38人が本棚に入れています
本棚に追加
/6ページ
入って直ぐに展示されていたのは花びらが舞う中、尚也の腕の中で穏やかに眠る私の姿だった   尚也だ……。 尚也と私が一緒に居る。 溢れる涙を流しながら、私はその絵の前から動けなくなってしまう。 すると 「みちるちゃん?」 驚いた女性の声が聞こえた。 振り向くと、尚也のお母さんが目を丸くして立っていた。 「おばさん! 尚也は? 尚也は居るんですか?」 叫んだ私に、おばさんは悲しそうに顔を歪めて首を横に振ると、一枚の紙を手渡した。 『若年性アルツハイマーの青年、Nが描いた世界』 と記された紙を見て、私は尚也の侵されていた病を初めて知った。 そして、その紙の作者紹介欄に 『都築尚也 享年二十一歳』 そう記された文字を見て、私は目の前が真っ暗になった。 するとおばさんはうっすらと涙を浮かべて 「今日ね、あの子の一周忌なのよ。尚也が会わせてくれたのかしらね」 小さく笑うおばさんに、私の瞳に涙が込み上げてきた。 「あの子ね……言葉を忘れても、ずっとみちるちゃんを描き続けていたのよ。 あの子の記憶は、笑顔のみちるちゃんだけなのでしょうね」 そう言われて見回した店内の絵は、どれも小さな青い花の中で笑う私の顔が描かれていた。 どの表情も生き生きとしていて、今にも語り出しそうな表現力だった。 苦笑いする私、ちょっと不貞腐れた顔をしてから微笑む私。 尚也には、私がこう見えていたんだと初めて知った。              
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!