残り物の記憶

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数日後、竜明は無事退院し、美余と一緒に一人暮らしをしている明虎の家へと来ていた。 竜明は何となく気まずそうにしていたのだが、美余が背中を押した。  美余が原因となり二人の関係が拗れているのはやはり嬉しいものではないのだ。 神妙な面持ちでチャイムに指をかけた竜明に最後の一押しで手を重ねた。 しばらくして明虎が顔を出す。  美余自身、久しぶりとなる明虎との対面である。 「・・・その、兄さん。 話があるんだけど」 「・・・連絡もなしに突然来るなよ」 明虎は美余の姿を見ると気まずそうに視線をそらした。 すると明虎の家からドタバタと足音が聞こえてきた。 「誰ー? その子も明虎の彼女?」 どうやら現在の明虎の彼女らしい。 だが玄関まで来た彼女は二人を見て驚いた顔をした。 「あれ、男もいるじゃん。 もしかして明虎、そういう趣味も持っちゃった? 私は歓迎するけど!」 そそっかしい性格なのか何も考えていないのか、嬉しそうに笑う彼女は底抜けに明るく感じた。 だが男女でやってきてその思考はあまりに浮世離れしているように思える。 「いいから、今はあっちへ行ってくれ。 コイツは俺の弟だ」 「キャー! 弟くん、めっちゃイケメンじゃん! 捨て難いなぁ」 明虎ははしゃぐ彼女を家の奥へと押し返した。 その様子を見て竜明は言う。 「まだこんなことを続けていたのか」 「俺の勝手だろ」 もう邪魔が入らないと思った竜明はハッキリと言った。 「兄さん。 俺と美余は正式に付き合うことにしたよ」 「・・・そうか」 「それを伝えにきただけだから」 明虎は驚く様子を見せなかった。 「じゃあ行こう、美余」 すぐに引き返そうとすると明虎に呼び止められる。 「おい」 「何?」 「二人に黙っていたことがある」 どこかいつもと違う空気を纏う明虎に真剣な話が始まると思った二人は再び向き合った。 明虎は覚悟を決めた様子から、衝撃の言葉を口にした。 「・・・美余は二年前に、交通事故に遭っていたんだ。 その時から記憶障害が始まったらしい」 「は? いや、それ俺は聞いていないんだけど」 「合コンでまだ美余と出会ったばかりの頃。 最初は遊びで付き合っていたけど、俺は次第に本気で美余のことを好きになった。 女遊びを止めようとも思ったくらいにだ」 「ッ・・・」 初めて知った明虎の気持ちに竜明は言葉を失っていた。 「だけどある時、デートの待ち合わせをしていた日。 美余は俺の目の前で車と衝突した」 「おい、兄さん!」 「何故助けなかったって言いたいんだろ? 分かってる。 でも目の前で起きたことが信じられず、怖くて足がすくんで動けなかったんだ」 「・・・」 竜明は悔しそうに黙り込んだ。 「美余に対する思いはその程度なんだと、その時に分かった。 だから俺には美余と付き合う資格がないと思ったんだ。 だから別れることを決意した」 明虎を一方的に責めることはできないだろう。 危機に対して身体が勝手に反応する、なんてことは万人に起こりうることではない。  今の話だけでは状況もよく分からず、下手に手を出せば二人共事故にあった可能性もある。 だがそれでも美余一人が痛い思いをしたという事実から兄を無条件で許すこともできない。  そんな気持ちから竜明は何も言うことができなかった。 「母さんから聞いた。 竜明は轢かれそうになった美余をちゃんと庇ったんだろ? 流石だ。 美余に合うのはお前だよ」 「何だよ、それ・・・。 それを今更言われた俺は、どうしたらいいんだよ」 「別に俺は」 「知ってたよ」 「「え?」」 明虎が何かを言おうとした時美余が割って入った。  「走馬灯が見えた時に、それも思い出したから」 美余は切なく笑っていた。 「最初はいい感じだったのに、明虎さんが急に冷たくなった理由も何となく分かっていた。 私が事故に遭って、明虎さんはきっと負い目を感じているんだなって。 だから何も言えなかった。  『大丈夫、気にしていないから』って言っても、明虎さんなら余計に自分を追い詰めちゃいそうだったから」 「・・・」 「本命の人、できるといいね。 本命の人ができたら、きっと次は助けられると思うよ」 そう言うと美余はこの場を離れていった。 もう明虎に対する未練などはないのだろうと思った。 清々しい顔で後悔なんてしていないようだったから。 「・・・兄さんのやってきたことはやはり間違っていると思う。 だけど、美余のことを大切にしてくれていたということは伝わったよ」 「はは・・・。 竜明の言っていること、今なら何となく分かる。 だが本当に大切にしたいと思ったものはもう俺の手からは零れ落ちちまった。 いや、安心してほしい。   今更美余をどうこうしたいとか思っていないから」 「・・・うん」 「俺はこんなんだから、こんな生き方しかできなかった。 アイツはそういうつもりではないかもしれないけど、もし何かあったら守ってやりたいと思う」 「そう。 兄さんは兄さんで色々と考えていたんだね」 自宅に目を向けた明虎にそう言葉を返すと、竜明は兄らしい久しぶりの力強い腕で肩を抱かれた。 「美余のこと、大切にしてやってくれ。 俺が人生で初めて本気で好きになった女だ」 「・・・臭い台詞だけど、何か格好いいよ。 了解。 ・・・また来るから」 竜明も明虎に軽く会釈をして美余を追う。 美余に追い付いたのは明虎の姿が完全に見えなくなってからだった。 「遅かったね。 何か話していたの? もしかして、追いかけてくれないんじゃないかと思った」 「そんなわけないって! まぁ、兄さんとは色々あったから。 でも美余のおかげで仲直りができてよかったよ」 「ふふ。 兄弟二人と付き合っただなんて、何か不思議な気分」 そう言って無邪気に笑う美余の笑顔が眩しく思えた。 「美余は彼氏が俺でいいの?」 「どうしてそんなことを聞くの?」 「だって美余と兄さんは両想いだったんでしょ? 二人が付き合わない理由は、ただ兄さんが負い目を感じているだけで」 「うん。 確かに明虎さんのことも好きだったけど、私にとっての一番はこの二年間の竜明くんとの思い出だから」                                -END-
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