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あの卒業式の突然の別れから、もう四年も過ぎていた。
なのにこんなにもあっけなく彼を思い出してしまうのは、まだ、彼を想っている証拠だろう。
それは間違いない。
自分でも、じゅうぶん身に覚えはあるのだから。
けれど、その他にももうひとつ。
こんな電車の中でも心を彼に繋げてしまった原因があったことを、わたしはどうしても見逃すことができなかった。
仕事中だというのに、わたしが彼との思い出に意識を攫われた理由――――それはきっと、わたし達の後ろにいる二人組の女性の会話が聞こえてきたせいだろう。
「―――から、本気でいってみたら?」
「無理無理、そんなの絶対無理だって!」
「でも、言わないで後悔しない?もしかしたら向こうだって好きかもしれないよ?」
「まさか!そんなの天と地がひっくり返ってもあり得ないから!」
「でも……」
どうやら、一方の女性が、好きな人に告白するかどうかの相談をもう一人の女性に持ち掛けていたようだ。
そして二人の会話に出てきた、
“天と地がひっくり返っても……”
その言葉が、わたしの記憶の中の彼を呼び起こしたのである。
なぜならそれは、彼の口癖だったから。
彼はいつも、その言葉を、独特な言い回しでよく口にしていたのだ。
そう、こんな感じに―――――
「………例えば世界が逆さまになっても」
「―――ん?」
思わず漏れ出ていたわたしのひとり言を、隣から敏感に拾い上げた成瀬くん。
「なにか言った?」
成瀬くんはつり革をひょいっと横にずらし、耳をわたしに近付けるような仕草をしてきた。
「あ……ううん、なんでもない」
わたしが笑顔で誤魔化すのと、わたし達の目的の駅に着くのは、ほとんど同じタイミングだった。
プシュッと特徴のある音が鳴って、扉が機械的なぎこちなさで開く。
すると ”同期の優しい成瀬くん” が、”仕事のパートナー” へと雰囲気を変えたのが分かった。
柔らかい雰囲気に、少しの硬さが加わる。
公私を混ぜない、彼の、こういうところは好感を持てた。
「じゃあ、行こうか」
ニッと唇を上げて言った成瀬くんに、わたしも「了解しました」と、背筋を伸ばしながら返事したのだった。
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