失恋

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わたし達がこれから向かうのは、都心にあるラグジュアリーホテル。 そこのラウンジで、仕事の打ち合わせがあるのだ。 入社して四年、任せてもらえる仕事も増えてきたけれど、今日の仕事相手はなかなかの大口で、わたしは、…おそらく成瀬くんも、いつになく緊張していた。 だからだろう、地下鉄の改札を出て目当てのホテルまでを歩く道すがら、わたしは成瀬くんと話をしながらも、頭の中では、無意識に自分の緊張をどうにかして解そうとしていた。 なにかリラックスできるものを……そんなフィルターをかけて真っ先に思い浮かべたのは、別れた彼のことだった。 なにもこんな大事な仕事前に思い出さなくてもと、自分で自分にクレームを入れたくなるが、さっき思い返した彼の残り香が心中に漂っていたのだろう。 確かに、最後はあんな別れ方だったとはいえ、彼との思い出は苦いものばかりではない。 思い出すと頬がゆるんでしまうような温かいものもあったのだから。 それに、今日のこの状況では、彼のことを何度も思い出したとしても致し方ないのかもしれない。 というのも、今隣にいる成瀬くんは、彼とも関わりの深い人物だったからだ。 わたしと例の彼が付き合いはじめたのは同じ大学に入った年だったけれど、実は成瀬くんと彼は、中学高校の同級生だったのだ。 直接本人達から聞いたことはなかったが、彼らの出身校は中高一貫の男子校で少人数制で有名だったから、きっと、お互いのことは知っているに違いない。 成瀬くんと知り合ったのは入社前研修で、その頃はまだ彼と付き合っていた。 親しく話すようになったのは、卒業式からさほど経ってない、彼との突然の破局をわたしがまだまだ受け入れられずにいた頃で、当時のわたしには、成瀬くんの存在が、彼との唯一のつながりのようにも思えた。 そしてそのつながりに縋るように、何度か、成瀬くんに、彼のことを尋ねようとしたこともあった。 彼の夢を見た日や、彼と一緒に行った場所を通りかかったとき。 彼が好きだったフレグランスが香ってきた瞬間… まだまだ消えそうにもない彼への想いが、どうしても溢れ出てしまいそうになったから。 でもそのたびに、卒業式後の、彼との…あの最後の会話が、急ブレーキをかけてきたのだった。
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