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―――他に好きな人ができたの?
―――ごめん……
あのとき、彼はわたしではなく、別の人を選んだのだ。
だったら、今、彼の隣には、その人がいるのかもしれない……
もしわたしが成瀬くんに彼のことを尋ねたとして、その事実を突きつけられるのが、たまらなく怖かった。
大好きな彼が、今、幸せでいるなら、それは嬉しいに決まってる。
四年前、好きな人ができたという彼に対しても、追いすがったりして彼を引き止めることはしなかった。
他に好きな人ができた彼を、無理やり繋ぎ止めるなんてしたくなかったから。
でもそう思う一方では、どうしても、わたし以外の人が彼の一番近くにいるのが、辛かった。
それに、万が一にも成瀬くんから現在の彼に関する情報を聞いたりしたら、自分自身がどうなるのかも分からなかった。
だって、今彼がどこにいるのかを知ってしまったら、わたしは、彼の姿を一目でも見たくなるかもしれない。
会いたい、その衝動にかられて彼を待ち伏せしたりすることも……絶対にあり得ないとは言い切れないから。
四年経った今でも彼へと流れ続けているこの想いは、儚くも、危ういものだったのだ。
そういうわけで、わたしは成瀬くんに彼のことを一切尋ねなかったし、名前すら口にもしなかった。
成瀬くんも、高校時代の話をすることはあっても、彼の名前が登場することは一度もなかった。
けれどどうしても、成瀬くんの向こうに彼の気配を探ってしまうのは止められなかったのだ。
「……ほら、また」
「え?」
「今日の相沢、なんだか考え事が多くない?大丈夫?」
なにか心配事でもあるの?と、優しい同僚は気遣ってくれる。
そんな成瀬くん越しに、自分の失恋を思い返して彼の存在を追い続けているわたしは、優秀なビジネスパートナーとは呼べないだろう。
でもそれでは、成瀬くんに申し訳ない。
わたしは大急ぎで仕事に気持ちを戻したのだった。
「ごめん、集中しなくちゃね」
「別に謝らなくていいよ。そんな時もあるし、今日の仕事を考えたらナーバスになっても仕方ないよ。ただ具合が悪いなら教えてもらっておいた方がフォローもしやすいからさ」
どこまでも、成瀬くんは優しい。
わたしはそんな成瀬くんの腕を、”大丈夫” と伝えるつもりでぽんと軽く叩いた。
すると成瀬くんは一瞬眉を上げたものの、すぐに安心したようにニコッと表情を和らげてみせる。
そうしてわたしは、四年前の失恋には再度蓋をして、仕事相手との待ち合わせであるホテルラウンジに急いだのだった。
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