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「や、澤部さん久しぶり。仕事忙しかったの?」
「久しぶり。このご時世だからねぇ。繁忙期っていうより、慣れないオンライン会議やら持ち帰りの在宅仕事ばっかりで処理に追われてるって感じだけどね」
顔なじみの店員に軽くそう言うと、カウンター席にちらりと視線を向けた。
自分がよく座っている一番奥の席には先客がいる。自分より一回り以上は年上に見える男がちびちびと酒を啜っていた。仕方なくそこから一席空けて座ると、意外と店内が盛況な事に気付いた。
世界的なウィルス感染騒動で外出や外食が自粛され、さぞこの店も閑古鳥が鳴いているだろうと顔を出してはみたが、思っていたより利用客は多い。
しかし人数の割には店内は静かだった。各々喋るのを控えている、という訳でもない。話し声は微かに聞こえてはくるのだが、暗い話題なのだろうか。
店内が全体的に重い空気な事に気付いた。
何だか空気が悪いな、とは思いつつもこのご時世だから明るく振舞うのも皆疲れているのだろうと自分を含めて哀れんだ。
「前のボトル残ってますけど、どうします?」
「お店の売り上げに貢献しないとね。今日はビールにするよ」
俺の言葉に店員が「あざっす」と軽く言うと、冷凍庫からキンキンに冷えた大ジョッキを出してサーバーから注いだ。「お待たせ」と出されたそれに口を付けると、久々に酒を飲んだ気持ちになった。家で缶ビールなんかは飲んではいたが、やはり生は違う。五臓六腑にしみわたるとはこういった感覚だ、などと妙な感動を憶えながら、お通しのおひたしに箸を伸ばして舌鼓を打った。
久しぶりに外で飲んだからだろうか。
あっという間に飲み干し、二杯目を注文する。全く自慢にならない事だが、酒にはあまり強くない。長時間飲めるが、酒が回るのがとても早いのだ。ビールを三口ぐらい飲めばほろ酔いになり、上機嫌になってしまう。
だから、つい奥の席で一人飲みしている男に声を掛けてしまったのだ。
それがその日一番の間違いだったと、ものの数分後には後悔する事となる。
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