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あの人からぼくへとかけられた言葉に、心が震えた。
一方通行かと思っていたけどそうじゃなかった。
「はい、元気です」
ぼくは答えて隣のベンチへ腰かける。
時間が巻き戻ってきたようで、違う時空にぼくたちはいた。
「おめでとうございます」
ずっと言えなかった祝福を送った。
「ありがとうございます」
あの人はまっすぐに前を見ながら答えた。
「今度は何を描くんですか?」
「わかりません」
「そうですか……いつかあなたの絵を見てみたいです」
その人はゆっくりとぼくを見て「はい」と答えた。
「お礼を言わなくてはと思っていました」
「お礼?」
「はい。止まっていた時を動かしてくれたお礼を」
どういうことかと首を傾げるぼくにあの人は言葉を紡いだ。
「あなたと交わした言葉がイメージとなりました。どうしてもつかめなかった絵が描けたお礼をと」
「そうですか……」
何もないと思っていたぼくにも誰かに渡せるものがあったのか。あの時支えられていたのはぼくだけだと思っていたのに。
うつむくとこぼれそうになる涙をこらえた。
間違いなく時間は動いている。
ぼくは立ち上がった。
「また逢いましょう」
あの人の絵に背中を押されるようにぼくは再び就活をはじめ、新しい環境で働きだしていた。
あの人の才能が花開いたとき、負けていられないと思ったのだ。
前のように自分をすり減らすことのない今の職場はとても居心地がよく、毎日が充実していた。もう自分を責めてばかりのぼくはいない。
「はい」
ベンチに座っているあの人が微笑んでぼくを見た。そこにはとても自然に綻ぶ花が咲いていた。
「またここで逢いましょう」
おわり。
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