チャンス

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それから少ししてキリちゃんが買い物から戻ってきた。 俺は内心の動揺を必死に隠し、前回の華やかなドレス姿とは違うシャキッとした格好の彼女に微笑みかける。 相変わらずぎくしゃくとした動きのキリちゃんは、(俺からすれば)微笑ましいドジをちょいちょい繰り返したが、それを見ているうちに俺の気持ちは徐々に落ち着きを取り戻し始めた。 そして俺はへこんだ気持ちを大幅に修正し、考える方向を無理やり変えてみる。これはチャンスなのだと。 恋を知らずに弱っているならこっちは遠慮なく猛攻をかけて自分のものにしてしまえばいいのだ。 絶対にこのチャンスを生かして俺を好きにさせてみせると俄然やる気が漲る。 キリちゃんは俺の“こっちに気付いて光線”に気付いているのだろう、時折チラリと上目にこちらを見、目が合うと動揺したようにしぱしぱと瞬きをして視線を泳がす。その様子が可愛くて俺は自然と口元が緩んじゃって心もすげぇ和んでく。―――――あー・・何だろうこの子、めちゃくちゃ庇護欲擽るわぁ・・・。 「――――ねぇ、ねぇキリちゃん。ちょっとお喋りしない?」 タオルで丁寧に細く華奢な手指を拭きながら、次に必要とされることは何かと注意深く店内の様子に視線を巡らすキリちゃんに、俺は今がチャンスとばかりに声をかけた。 「・・え?ぁ・・・は、ハイ・・ッ」 キリちゃんは一瞬、ぽやんとしたような幻でも見るようなちょっと虚ろな顔で俺を見て、それからこっちまで緊張しちゃうような強張った表情で、声を裏返しながら背筋をピンと伸ばした。 俺はそんな様子に、「そんなに警戒しなくていいよ」と苦笑して、テーブルに両肘をついてキリちゃんを見上げる。 「今度俺の働いてる店に遊びにおいでよ。何だか行き詰ってるっぽいからさ、そんな気持ちなくなっちゃうくらい楽しい気分にさせちゃう自信あるし、俺。あ!これは営業とかじゃないから!軽い気持ちで遊びに来てほしいって言うか・・、あーと・・・アレだよ、仲間内の飲み会の延長みたいなもん。――――嫌かな?」 俺のぐだぐだな誘いに、キリちゃんはビックリしたように目を見開いてこっちを見たけど、少しの間考えるように首を僅かに傾げて、それから小さな声で、「――嫌じゃ、ないです。・・・嬉しい」と小さく答えた。 キリちゃんのことを考えているときの俺は自分の闇を忘れることが出来る。ひたすら楽しくて幸せで。 ただ、このときの俺はまだそんな自分の変化に気付いてなかったけれど。
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