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「あぁ?・・・あぁ、別に。あの後かなりイイコト起きたからな、俺。不問にしておいてやる」
「・・・イイコトって。・・・伴さんと美律ちゃんって・・・」
「美律は俺のモンだ。手ぇ出すなよ。――――これが最後の警告だからな」
伴さんの恐ろしい威嚇を前にして一体どこの誰が歯向かえるって言うんだ・・と思いながらも素直に頷く。だがそんなことは正直どうでもよかった。だって俺は運命の相手“キリちゃん”を見つけちゃったから。
「よし。わかればいい。―――――麗子さん、元気だったか?」
「はい。スゲーいい人っすね、店の雰囲気も働いてる子たちも気さくで堅苦しくなくて・・、――」
「そうか。相変わらずなんだな。近いうち顔出すって伝えてくれ・・・、って・・おいマチ。お前、酷ぇだらしねぇ顔してるぞ」
そりゃそうだろう。俺のアタマん中はキリちゃん一色。
既に美律ちゃんに対して抱いていたほのかな想いはもうどこにも残っていない。
「伴さーん・・・。俺、同業者に恋しちゃったかも~。つーか、これは絶対恋だー・・・」
「はぁ~?なんだそれは。・・・ああ、もしかしてお前、『蝶』のホステスとどうにかなってるのか?」
「まだっす。でもどうにかなりたいっすー」
「馬鹿だろ。―――――だが、ホステスってのは面倒だぞ。金掛かるし気は使うし・・・」
「それって伴さんの経験談っすか?でも、残念ながらあの子には当てはまらないかも。・・・うひひ」
気持ち悪いやつだな、せいぜい搾り取られないように気を付けろよ。と顔を顰めながら伴さんは言い、とっととフロア行けよと俺の後頭部をぺしっと叩いて部屋を出て行った。
もし恋というものに教科書があったとしたら、そこに書かれたお手本のような恋を俺はしたんだと思う。
しかもじわじわ沁みこむ様なまどろっこしい感じじゃなく、ドカンと雷に打たれたみたいな潔い一目惚れだ。
それを口に出す事で自覚した途端、ダセェかもしれないけど堪んなく擽ったくて、ふわふわした楽しい気分になって、その後の仕事は普段とは比べ物にならないくらいはりきってこなした。(・・単純だな、俺。)
そうして数日が経って、シフトで決まっていた休みが回ってきた夜。俺は迷うことなく『蝶』へ向かった。
言わずもがな。愛しのキリちゃんに会うためである。
いらっしゃい、と麗子ママに迎えられ、どうしてかカウンター席を勧められた俺は、これじゃあキリちゃんつけてもらえないじゃんとか思いながらも、促されるままレザーなのにふかふかしたソファタイプのスツールに腰を下ろした。
「ママ、伴さんが近いうち顔出すって言ってましたよ」
オーダーしたビールを受け取る時にそう言った俺に、麗子ママは嬉しそうに破顔して頷いて、それからちょっと意地悪い口調で「来たら苛めてやらなくちゃ」と言い、着物の袂で口元を上品に隠してうふふと笑う。
そして付け足すようにこう言った。「――そうそう。マチ君にお願いがあるのよ」
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