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これ以上の喜びがあるだろうか。―――――せり上がるように胸を熱くする感情が全身を覆い、思わず俺は身震いをした。歓喜が体を駆け巡り、鼻の奥にツキンと痛みが走る。
「私の前では何も我慢しなくていいよ」と桐は穏やかに笑み、まるで秘密を隠すかのように俺の頭をそっと抱き込む。
桐の華奢な腕に抱かれた俺は、堪えきれない嗚咽を零し、小さいガキみたいに声を上げて泣いた。
犯した罪を語る事はできても、子供の頃に味わった悲しみや寂しさや惨めさを口にするのは諦めていた。
けれど桐はそれを心のずっと奥から探し出し、始まりの夜のお互いの苦痛をさらけ出し合った時ですら隠していた、膿んでどろどろになったヘドロのような感情を、今全て絞り出しそして解放してくれた。
ひとしきり泣いて呼吸も正常になった俺を、それでも桐は抱きしめていた。
俺もその腕の温かさに、頬の当たる胸から響く優しい鼓動に、うっとりと身を預ける。
いつもとは逆の、抱く側の男としてはかなりかっこ悪い状況ではあるのだろうが、不思議と気持ちは晴れやかだった。
本当の意味で心の澱が消え去って、今俺の中にあるのはほかほかした温かな感情。
「―――――桐のおかげで俺、自分がすげえ傷付いてたんだって思い出すことできた。悲しかった事も寂しかった事も言っちゃいけないと思ってたから・・・、桐が全部言ってくれてすっきりした。ありがとう、桐」
桐が首を振った振動が触れている部分から俺に伝わって、少し不満そうに、「まだ終わってないよ、マチさん」と囁く。
「―――これからが本番だから。会って、自分のしてしまったことをしっかり謝って・・・。それから思いっきり文句言ってこよう?それに対して反論して来るようなら、その時は私がマチさんを守ってあげる。・・・マチさんは私の大切な人だから、傷付けるようなこと言ったら絶対に許さない」
どんな表情でこんな逞しい事を言ってくれているんだろう、と俺は少し興味を覚え、僅かに身じろぎ視線を上向ける。――――――そこにあったのは、強くて真っ直ぐな・・・めちゃめちゃに泣き濡れた優しい瞳。
「・・・百人力だな」
俺はニッと笑って顔を上げ、まだ微妙に残る火照りを自覚しながら体を起こして桐の目線と同じ高さで額を合わせる。そして掠めるように唇を重ね、ギュッと小さな体を抱きしめた。
愛してるとありがとうを目一杯込めて、強く、深く。
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