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桐、と小さく呼びかけると、思ったとおり桐はまだ起きていて薄明かりの中で俺をしっかりと見つめ微かに目を細めて、「・・・ん、」と密やかに喉を鳴らす。
頼みがあるんだ、と情けなく震える声を隠すように吐息と一緒に呟いて、不安と期待に心臓を高鳴らせつつ、俺はほんの少しの間を置いて、ひと言ひと言区切るように告げた。
「――――桐・・・。俺の、家族になってほしい、」
ずっと、ずっと焦がれてたその響き。自分には手に入らない、望むことすら諦めていた憧れ。
しかし、今、俺はこれまでにおぼえたことがないくらい、その憧れを手に入れたいと心から願っている。
さえずるように喉を鳴らし、桐は迷うことなく俺の言葉に頷いた。
半身を起こしてほんの少し高い位置から桐を見下ろし、俯き気味の顔をこちらに向かせるためそっと顎に指をかけ、鼻先が触れるほど近くで見つめ合う。
ゆっくりと視線を合わせた桐の表情は穏やかなものだったけれど、笑みの形の眦からは涙の雫が零れ落ちていく。
「―――――もっと、落ち込むかと思ってたんだけどさ・・・、そうならなくてすんだのは、桐が俺の代わりにたくさん泣いてくれたからだろうな」
ようやく話のきっかけを見つけ俺は思ったままを口にした。流れる涙を吸い上げたり、指の腹でそっと拭ったりしながら、静かに泣き続ける桐をひたすらに見つめて。
ほんのり桃色になった頬を拭いきれない涙がほろりといくつも転がって、俺の手首から腕にかけて撫でるみたいに落ちていく。その温かさを感じながら取りとめもなく俺は言う。
「桐の涙が俺の体にしみこんでけば、俺も、桐みたく綺麗な心になれるかな・・・」
「――マチさんの心は、綺麗だよ。すっごく、すっごく、綺麗・・・!」
桐は涙声のまま俺の言葉を全力で否定する。俺は、ドロドロしてると思うけどなあ、と苦笑して、それでも桐の優しさに歓喜し口元が緩む。諦めたような俺の口調を咎めるように、桐は尚苦しげに声を荒げた。
「違う・・、違うよ。綺麗すぎて、透明すぎて、周りの汚れたものがはっきり見えすぎてただけ。それがそのままマチさんの心に映って、自分が汚れたと勘違いしてただけ。――――マチさんは、本当は何にも汚れてなかったんだよ・・・!」
実際に俺は、人に話せば眉を顰められるようなえげつないことをたくさんしてきた。
だから、綺麗なはずはないし、勘違いするわけもない。俺は、酷く汚れている。それを消すことも忘れることも、できるはずがない。
だけど。
桐が俺を綺麗だと言ってくれるのなら、透明だったと言ってくれるのなら・・・、もしかしたら、これからはそう思って生きてみてもいいのかもしれない。
「―――桐が俺にくれる言葉は、全部、魔法みたいだ・・・」
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