夜明けは来るのか

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夜明けは来るのか

この一週間。私はどうしようもないくらい仕事に身が入らなかった。 灰皿交換のタイミングが悪いし、作ったお酒のグラスを倒したり、挨拶もしどろもどろ、オーダーを取り違えたりとか・・・もう散々だった。 ママはそんな私のダメっぷりが見ていられなかったようで、気持ちが落ち着くまでフロアに出てはいけないと言って、厨房の手伝いに回されてしまった。・・・自己嫌悪で立ち直れそうにない。 理由はわかってる。だけど、それを言い訳にする事はできない。だってこれは絶対にありえないはずの・・・恋煩い、と言うものだから。“寝ても醒めても”考えること想うことは彼の事ばかり。 あの出会いの夜。この気持ちは葬ろうと決めたのに・・・現実はそううまくはいかなくて。 朝起きて彼の笑顔を思い出して胸が苦しくて、眠りに就く直前まで彼の少し掠れた優しい声を思い出して涙を零し。―――――そうやって精神的疲労感に苛まれたまま、私はこの一週間を過ごしてしまった。 そして今日。とうとうママはドレスを着ることすら許してくれなくて、出勤した私に、「―――今日からこれを着てカウンターに立ちなさい」と、ボーイさんたちが着ている制服を手渡した。・・・それが私にとって一番堪えることだと知っているからこその厳しい対応だった。 糊の効いた白いシャツに黒いベストと同じく黒のスラックス。華やかさも、女性らしさもない地味な格好。 これは罰だ。仕事に身が入らない事に対してだけではない。自分を見失わないと決意していた気持ちが折れてしまった私自身の弱い心に対する罰だ。――――そう自分に言い聞かせ、すごくすごく悔しかったけど、渡された制服に着替えて化粧も薄くカウンターに私は立つ。 フロアの華やいだ雰囲気からほど遠い場所で、私はオーダー通りのお酒を作り、お客様に気付かれることなくひっそりと与えられた仕事をこなす。途中何度も情けなくて泣きたくなって、それでも意地で涙を止めた。 そうして自己嫌悪の時間を過ごしていた私を見兼ねたママが、フルーツの買い出しという名目で少しの休憩時間を作ってくれた。 近くの夜中まで開いているスーパーへ行く道すがら、噛み殺しきれない溜息を吐きつつ夜道を歩く。途中星のない絶望的な闇が支配する夜空を見上げ、まるで私の人生のようだと思ってしまった。 私の夜明けはいつ訪れるんだろう・・・。一歩進む度に足取りが重くなり、ふぅと一際大きな溜息を吐いて立ち止まって周囲を見るともなしに見た時、私の視線が捉えたのは彼の勤めているお店の入るビル。 ここに彼がいる。今、彼は何を思っているんだろう。綺麗に着飾った綺麗な女の子と楽しくお喋りしているのかな。肩を寄せて親密な雰囲気を漂わせながらお客さんを喜ばせているのかな。 下らない事ばかり考えて、また、視界が涙の膜で覆われて、今にも零してしまいそうになったけれど、真っ暗な空を見上げて必死に耐えた。 彼には彼の世界があって、私が関わってはいけないんだと。 あの出会いは一種の幻で、欲張りな自分に都合よく見た夢のようなものなんだと。 小走りでその場を後にして目的地に向かい、そして帰りは遠回りだったけれど彼がいるだろうお店の前は通らなかった。――――――いつか・・私に自由をくれる夜明けは来るのだろうか。
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