4人が本棚に入れています
本棚に追加
「びっくりしたぁ、ほんとだったんだ」
帰宅したクラウスを見て、お菓子をつまんでいたヴェニーが目を丸くした。
「…いらっしゃい」
「お邪魔してまーす、学長先生」
「おかえりなさい。もっと遅くなるかと思ってた」
台所からぱたぱたと駆けてきたエメが笑う。どうやら帰ってきてからずっと話し込んでいたらしい。
「友達が来るとは聞いていたが、まだいたんだな。…そうか、話したのか」
「まずかったですか?」
「いや、隠し事は面倒だろうと思っていた。よかったな。少し仕事が残っているから私は書斎にしばらくこもる。ヴェニー、ごゆっくり」
「すごいね、魔法科の授業持ってないのに私の名前分かるんだ」
クラウスが書斎に行ったあと、ヴェニーが声をひそめてエメに言う。
「全員の名前と顔覚えてるって言ってたよ。それにヴェニーのことは、家でもよく話してるし」
「やだ、変なこと言ってない?」
くすくす笑いながら、またお菓子を口に放り込む。
2年に上がった頃、思い切って家のことをヴェニーに打ち明けた。そのときも目を真ん丸にして驚いていたが、どうやらさっきの瞬間まで半信半疑だったようだ。
「騎士科の学長先生って厳しそうなイメージだったけど、家だと優しいんだねぇ。ね、結婚の決め手ってなんだったの?」
好奇心に満ちた目に気圧され、エメは苦笑した。このヴェニーという2歳下の友人は、明るく快活で、そしてゴシップに目がない。1年共に過ごしてなんでも話せる友にはなっていたが、それでも馴れ初めには話せないことが多かった。
「うちの実家が宿屋だって前話したでしょ。そこに泊まりに来られたの」
「うんうん、それでそれで?」
「それで?えっと…私、戦争のときに父と炊き出しに行ってたのね。そこで偶然再会して」
「やだ、ロマンチック!そのときって学長先生、騎士団にいたんでしょ?」
「そう。うちの父と仲が良くて。それで」
「もう、大事なとこ飛ばしたでしょ!」
「ええ?」
「『俺のものになってくれ』みたいなやつ!」
眉根を寄せて、丸い目を細めてわざとらしく切れ長の目を作る。低い声色で、ヴェニーがおどけて見せた。この明るさで、グループ演習で険悪になりそうなときにも場を和ませてくれるのだ。
「えぇー…」
「あまり困らせないでやってくれるかな」
リビングに面した扉が開き、苦笑いのクラウスが顔を出した。
「やだ、学長先生、盗み聞き?」
「君は声が大きいから嫌でも聞こえてくるんだよ」
「エメが言えないなら、学長先生が教えてくれてもいいよ」
「…飲んでるのか?」
陽気なヴェニーに、クラウスが苦笑してエメに聞く。
「ちょっとお酒入ってますけど、この人しらふでもこんな感じです」
エメの言葉に、クラウスが頭を掻いた。
「また厄介な友達だな」
「ひどいなー。言いふらしたりしないよ、口は堅いんだから」
「エメ、お茶ある?」
「ひど、無視した」
カップに注いだ茶を受け取り、テーブルに広げられた菓子をつまんでクラウスがにやりと笑った。
「あまりにロマンチックだから、君にはまだ早いよ」
ヴェニーがぽかんとしている間にクラウスは書斎に戻り、エメは頭を抱えた。余計なことを。
「私もう24だっつの。エメが結婚した年と変わんないじゃんねぇ?」
最初のコメントを投稿しよう!