番外編4 サイン

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「ありがとう、」馬車に乗り込み、一息ついてクラウスが呟いた。「マーサの話に合わせてくれて」 「素敵な方でした。お土産までいただいて」 「手仕事が好きでな。昔から色々と、姉のドレスなんかも繕ってくれていた。老いて暇を出してもマーサには帰る場所がない。父なりの労いの気持ちだろうな」 「お父様も、お優しい方なのでしょう」 「どうかな」 「クラウス様に似ていると感じました」 「…勘弁してくれ。あんなに堅物ではない」 困ったように息を吐くクラウスを見て、笑う。 「お会いできてよかった。連れて来てくださって、ありがとうございました」 「ルネ、」運転手に声をかける。「通りの向こうの角の店で少し止めてもらえるか」 「へい」 一人馬車を降りたクラウスは少しして戻ってきた。ルネに何かを手渡し、扉を開けてエメにもそれを渡した。小さな木造りのカップに、湯気の立つ鳥子色の液体が入っていた。 「これは…?」 「昔よく飲んだんだ。弟が生まれる前、姉とよくマーサに連れて来てもらった。父がこういう甘い飲み物はだめだとうるさくてな。隠れて連れ出しては給金から買ってくれた」 「そうですか…あぁ、甘くておいしいです。牛乳と、お砂糖と…なんだろう、不思議な味」 「卵が入ってる」 「卵?へぇ…今度作ってみようかな」 「いいな。期待している」 運転手からも「旦那様、これ体が温まりますね!」と声が飛んだ。妻子に土産を買えたらしく、荷室に大きな紙袋が三つ並んでいた。 「着きましたよ」 「え?」 思っていたより早い言葉に窓を見る。見慣れない王都の景色だった。 「え?え?」 「ようやく君がサインしてくれたんだ。出して帰りたいんだが」 「え、えぇ…」 「嫌か?」 「いえ、びっくりして…」 ルネが扉を開ける。差し出された大きな手を、そっと取った。 夕方、家に戻った二人から仔細を訊いたエメの両親は手を叩いて喜んだ。 「よかった」 「ごめんね、心配かけて」 「そうなる気がしていたの」母がエメの手を取る。「おめでとう、エメ」 「ありがとう、お母さん。お父さんも」 「おめでとう。私も息子ができてうれしいよ」 「よろしくお願いします。しばらく週末の間借りを続けるので情けない話ですが」 「ああ、遠い所通ってもらって悪いですね。ゆっくり休まれてください」 「以前からお願いしていたことですが…もう息子と仰ってくださるなら、敬語は不要ですよ」 「あ、ああ…そうだ、そうだったな。よし、飲もうか、クラウス君」 「もう、切り替え早いんだから」 呆れて笑う母も、いつもの小言を潜めて台所からグラスと酒瓶を持ってきた。うれしそうだった。 結婚が決まったという話を聞いて、食堂でくつろいでいた客たちからも祝いの言葉が贈られた。エメはお酌をされ、飲みなれない酒をいつもより口にした。
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