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「いい加減静かにしろって。大人しくしないと骨一本くらいヤっちゃうけどいい?」
思ってもみない強烈な脅迫に、春生は一瞬怯んでしまう。
その瞬間、足が解放された。同時に、悲鳴が聞こえる。
直後には誰かに抱き取られるように引き寄せられ、再度悲鳴が上がった。
「……大丈夫か、春姉」
「……凪、君?」
涙が滲んだ目を上げると、斜め上に見慣れた美貌がある。
「立てる?」
凪、こと、家の事情で同居中の従弟・千明緋凪は、コバルト・ブルーの瞳を相手に張り付けたまま簡潔に問うた。
その目の色も、癖のない緋色の髪も、日本人離れしてはいるが、彼の場合は立派に自前のものだ。彼の母親が日英の混血なのだけれども、四分の一しか入っていないはずの英国の血が、色濃く見た目に反映されてしまったらしい。DNAのなせる技というやつだ。
ともあれ、なぜ彼がここに、という疑問が脳裏を去来する間に、緋凪は春生を支えていた腕をそっと外して背後に庇う。安堵で萎えそうになる足を叱咤し、力を入れて膝を伸ばすと、それまで上にあった彼の頭部が目線の高さになった。
「……へぇ。これまた可愛子チャンが出て来たね」
恐らく蹴り倒されて尻餅を付いていた男は、緋凪を見て下卑た笑いを浮かべる。
男の肩を持つわけではないが、無理もない。
逆卵形の輪郭に子猫のような目元、通った鼻筋、薄く引き締まった唇が、まるで計ったように絶妙な配置に収まった緋凪の容貌は、一見すると超絶美少女としか表現できないのだから。
一度家へ戻ったのか、着衣がジーンズの上下に黒のインナーという私服姿だと、余計に少女と断定する人間が大半だ。
「一緒にどう? 目的地に着いたらおれは手持ち無沙汰になるからむしろ歓迎なんだけど」
言いながら、鈍い動作で立ち上がった男たちが叩く彼らの衣服は、着崩されたスーツなのが、ようやく分かった。
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