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「通ってる空手道場、この近所なんだ。駅までの帰り道だよ。春姉こそ今帰り? 行き合うなんて初めてだよな」
すると春生は、言い淀むように唇を噛むと、視線を逸らす。そんな彼女の顔をジッと見て、緋凪は口を開いた。
「……何かあった?」
「何かって……凪君も見てたじゃない、今」
「じゃなくて。さっきの誘拐未遂以外に」
穏やかに、だが反論や言い逃れるのを許さない口調で追及する。春生は尚も目を泳がせていたが、早々に諦めたような吐息を漏らした。
「……関係あるかどうか分からないけど……実はその……いじめに遭ってるっていうか――」
***
春生によると、ことの起こりは昨年の九月。
夏休み明け、華道部の帰りに突然、見知らぬ男子生徒が声を掛けてきたという。
「名前は、小谷瀬臨。学園理事長の息子らしいんですけど……」
当然のように『ボクのこと、知ってるよね?』と言われて、春生は面食らった。
『いいえ』
首を横に振ると、相手も面食らったように瞠目した。
『本当に知らないの?』
『はい』
『一度も顔も見たことない?』
『全然……あの、もういいですか? 私、帰る所なので』
第一印象で人を判断しないという信念を持つ春生には珍しく、もう関わりたくない人種だと思った。
失礼でない程度に素っ気なく一礼し、きびすを返そうとすると、相手は素早く春生の進路を塞いだ。周囲には取り巻きと思しき少年たちも数人いる。
『この学園に通っててボクを知らないなんて有り得ないんだけど……』
『本当に知りません。どいてください』
『分かったよ。ボクの名前は小谷瀬臨。この学園の理事長の息子で、二年B組。さあ、君の名前と学年とクラスを教えて?』
『どうしてです?』
『どうしてって、ボクがわざわざ名乗ってあげたんだよ? 知ってるクセに知らない振りするから、仕方なくね。こっちが名乗ったんだから君も名乗るのは当然の礼儀じゃないか』
唖然とした。
いきなり目の前に現れて人を嘘吐き呼ばわりした上に礼儀を口にするなんて、春生からすれば『頭のおかしいサイコパス』としか言いようがなかった。
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