第45話 疫鬼襲来

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第45話 疫鬼襲来

 廃工場のコンクリートが微かに振動し始めた。 「地震?」   ナーティがつぶやく。  ミシッ、ミシッと錆びた鉄骨が音を立てた。  床に座り込んだ珠三郎が、タブレットを見つめ口を開く。 「おっ、どうやらここに集結し始めたみたいだよーん」  建物が振動し、高い天井から長年蓄積したほこりやトタンの屑がパラパラと降ってきた。  五条の脇にしゃがんでいたぬえが立ち上がり、杖を真ん中で分断した。  取っ手を曲げるとトンファーに組み替え両手に持った。  ズゥン、ズゥン、四人の足元のコンクリートが不気味な音を響かせる。  珠三郎は首を突き出すようにタブレットを見つめた。  ナーティとぬえの表情に緊張感が走った。  バリバリバリッ!  すさまじい音が工場内に響き渡る。  四人のいる木材が積まれた位置から、少し離れた場所に石灰袋が大人の背丈ほど積まれた箇所がある。  反響音とともに石灰袋が弾き飛ばされた。 「うっひゃああーっ」  甲高い若い女性の悲鳴が上がり、ナーティが目を凝らすと黒づくめの人影がポーンと跳んだ。  斥候に来ていた七宝であった。  七宝は宙で回転すると、片膝をついて床に着地する。  その背後に大きな影が現れた。 「危ない!」  ナーティが走り出す。  七宝は瞬間後方を振り返ると、すぐにその場から跳躍した。  コンクリートの破片が舞い上がり、疫鬼が姿を見せた。  四方八方から、コンクリートが吹き飛ぶ音が工場内に起きる。 「出たなあっ」  ナーティは七宝を助けようと愛刀を振りかざすのと同時に、七宝は土蜘蛛の糸を発砲した。  疫鬼の骸骨の頭部がみるみる剣山のようになる。 「わたしは検非違使庁の七宝ですっ!  皆さんを救出にきましたあっ」  七宝は大声で叫びながら走り出す。  頭部に無数の長針を生やした疫鬼は、数本の尾を振り回した。 「むうっ」  ナーティが村正で応戦し、七宝も構えた土蜘蛛を連射する。 「隊長、まだですかぁっ」  七宝はインカムで緒方に叫ぶ。 「疫鬼が姿を見せたんですが、増えてますう!」  コンクリートの床を突き破って現れた疫鬼は、三体に分裂していた。  驚愕の表情を浮かべ珠三郎の肩をつかむ五条に、ぬえが言った。 「うほほっ。  こりゃあ働き甲斐がありそうじゃぞう、源ちゃん」  ぬえはトンファーを回転させながら、鉄骨の柱横に現れた疫鬼に向かう。 「ふーむ、全部で三体かあ。  おやぁ」  胡坐をかいて座ったままの珠三郎は、膝にに置いたタブレットを一瞥した。 「ふーん、そういうことですかっと。  ナーティ嬢に、お婆、聴こえてる?  そいつら、メッタメタにぶった切ってもいいよーん」 「アンタッ、さっき見たでしょ!  下手に切り刻んだらまた増えちゃうじゃないの!」 「オッケイ、オッケイ。  いいからさあ、ナマス状態にしちゃってちょうだい」 「ほほう、そりゃ楽しそうじゃの」 「もう蛇はご勘弁よっ」  ナーティとぬえは、頭のカチューシャ型インカムから流れる珠三郎の言葉に乗る気になった。  天才の発した言葉である。 「い、いや、三体が六体、十二体と増えてしまっては、ことだぞ」 「大丈夫だよーん、じいさま。  オカマとお婆の闘いぶりを見学していようよーん」  五条は震えながら、しっかりと珠三郎にしがみつく。 「そうりゃあっ」  ナーティは村正で襲い来る尾を撃退し、なんとか本体へ近づいて行こうと試みる。 「おばさん!  えっ?  おじさんかな?  うーん、どっちかわからないけど、危険ですから下がってください」  七宝の言葉に、ナーティはキッとまなじりを上げる。 「ワタクシは、おばさんでもおじさんでもありませんことよ!  純粋な乙女よっ」  ゴーグルの下で眉を八の字にしながら、七宝はさらに土蜘蛛の糸を撃ちこんでいく。  ぬえは踊るように身体を回転させ、疫鬼の強烈な尾による攻撃をすり抜けた。 「ほいさっ」  掛け声とともに、疫鬼の目前でふわりと跳ぶ。  手首で勢いをつけ、トンファーを疫鬼の頭部に叩きつける。  ひるんだところへ、胴体に痛烈な回し蹴りをくわえた。  気を最大限に活用するぬえの蹴りは半端ない。  どぅーん、と疫鬼は身体をくの字にして跳ね飛ばされる。  ぬえが繰り出す陳式太極拳の技は、もはや神業に等しい。 「まーだまだっ」  ぬえはトンファーの先端を槍にみたて、疫鬼の腹部に突き立てた。  ぐしゃりと緑色の粘液が膨らんだ胴体から吹き出す。  そこへ別の一体の疫鬼が尾を振った。 「おりょりょ、っとさ」  尻尾の動線に逆らわず、ぬえは狙われた己の頭を下げる。  ブゥンッ、空気を切り裂く攻撃もぬえには効かない。  ぬえは横手に組まれた木材の上を、ひょいひょいと跳ねて疫鬼から距離を取った。  七宝と同時に攻撃を続けるナーティは、その瞬間を見切った。 「くらいなさいなっ」  村正が針の山状態である疫鬼の首を斬り飛ばす。  腐臭を放ち、緑色の液体が宙に舞う。 「へえ、やーるじゃん!  おじさんおばさん」  七宝は手をかざしてナーティに称賛を送った。  五条も感心した声で言う。 「この調子なら、本当に大丈夫そうじゃな」  ところが、珠三郎は頭を振った。 「いや、そうはいかないかもー」                                 つづく
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