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第46話 藪鮫、合流す
「えっ?
しかし、さっきと違って、分裂して復活しないのじゃあ」
「多分ね。
先ほどは飲み込んだ人間を自分の分身にしていたから、分裂再生できるようにしていたんじゃないかな。
でもさあ、今回は己自身を分裂させているから、それ以上は増やせないと。
ボクはこう仮説を立てるんだな」
「なるほどのう。
では、なぜうかぬ顔をしておる?」
珠三郎は眼鏡のブリッジを指で押し上げた。
「今出現しているのは、本体じゃないからさ。
本体はまだ地中にいるんだな、グヘヘッ」
五条は蒼ざめた顔で足元を見下ろした。
この仮説の正解率は五十パーセントであったが、珠三郎にとってはどうでもいいことであり、すでに脳みそは次の一手を考察している。
~~♡♡~~
廃工場と採掘現場の途中で敷次郎を相手にしている緒方は、インカムで検非違使庁本部と喧嘩のような交信をしている最中であった。
「だからぁ、どうして敷次郎がこんなに現れるのかって、聴いてんだよ!
それにここらは怪しげな結界が張ってあって、出入りは不可能だろうがっ。
ああ、そういやあ敷次郎はどんな結界があろうが、土のあるところなら自由に動けるんだったっけな」
緒方は倒しても倒しても土中から出現する妖物、敷次郎に手を焼いていた。金剛寺、芹、祀宮も手にした土蜘蛛を撃ちまくる。
人間を一飲みしそうな大口を開き、向かってくる敷次郎。
金剛寺は歴戦の猛者らしく、的確に相手の急所である両眼に土蜘蛛の糸を放ち、全員に言い渡す。
「いいかいっ、絶対に切断しないように!
土蜘蛛の糸を目に撃ちこめ。
それしかこいつらを封印できる方法はないっ」
「了解っす!
一部分でも身体を斬っちゃえば、そこからまた新たに生まれる。
でしったっけ」
芹は左右からジャンプしてきた敷次郎に、前転をしながらそれぞれの急所に土蜘蛛の糸をヒットさせる。
「緒方隊長、佐々波だ」
「おおっ、副長。
こりゃあキリがありませんぜっ。
こんなに敷次郎が一カ所に集結するたあ、いったいどういうこってす!」
「それが先ほどから全国の各地区保安官に、連絡を取ってるんだが」
「日本国中からこのO市に集まってる、なんて冗談はやめてくださいよ」
佐々波の呼吸が一拍置かれた。
緒方の片眉が上がった。
「隊長、推察の通りのようだ」
「けへっ、そいつはありがてえ。
こっちとら、昨日今日検非違使庁漆黒の鷹を名乗っているわけじゃねえってことを、敷次郎たちに教えてやりますぜ!」
「緒方くん、いつも悪いねえ」
インカムに入って来たのは、検非違使庁長官である合羅の声であった。
とたんに緒方の声のトーンが変わった。
「長官殿!
直々にねぎらいいただき、緒方感無量であります!」
敷次郎と交戦していなければ、直立不動の姿勢を取るところだな。
金剛寺はニヤリと笑みを浮かべながら、目の前の敷次郎を倒す。
「えーっと、なんだか大変なことになってるねえ」
「いえっ。
これくらいのこと、我ら漆黒の鷹にとって朝飯前。
ご心配には及びません」
「あんたがいてくれるお蔭で、私も安心だよぅ緒方くん」
「もったいないお言葉、緒方は全力で阻止いたします!」
緒方は素早く敬礼し、背後から跳んできた敷次郎を屈んでやりすごす。
仰向けに倒れた敷次郎の両眼に土蜘蛛の糸を発射した。
封印された敷次郎たちは絶命するわけではない。
双眸から長い鉄線を生やしたまま、静かに土中へ沈んでいくのだ。
封印されると早くて五年、長ければ何十年何百年と大地の中で眠り続ける。
これは検非違使庁情報解析部が割り出した見解であった。
「それでねえ、緒方くん。
佐々波くんが言った通り、全国、特に九州方面の保安官からもらった情報によるとね。
敷次郎たちはこの何十分前から、観測されなくなったらしいんだよ。
つまりさあ、O市で疫鬼が復活する前後の時刻らしいのさあ」
「疫鬼、でありますかっ」
「そうなのよ。
それでね、藪鮫くんと緒方くんの報告をもらってさ、こっちでも色々と推測したわけ。
疫鬼が復活する際に発した霊波が敷次郎を呼んだか、逆に疫鬼の復活を妨げるために敷次郎が集まったのか。
ウチのコンピューターに蓄積してある古い文献や、神宮にも問い合わせたのさ」
「コンピューターは、不肖緒方、不得手であります!」
「知ってるさ。
あんたが陸自で一兵卒の時の上官が、アタシだからね」
「はっ、申し訳なくであります!」
「結論としては、わからないってこと。
ただね、疫鬼が人間を飲み込んで自分の分身を作るってことは、どの文献にもなかったらしいのさ。
その分身が分裂して増えるってこともなかったんだよ、これまではね」
そこへ金剛寺が入った。
「お話し中、失礼いたします!
副隊長の金剛寺であります」
「おや、金剛寺くんの声を聞くなんざ、久しぶりだねえ」
「ご無沙汰しております!
長官。
先ほどからお二人のお話を耳にしておりましたので、恐縮ではありますが」
「構わないさあ、金剛寺くん」
金剛寺が通話に一瞬気を取られた隙をついて、敷次郎が足元に喰らいついてきた。
その瞬間、大地と水平に跳んだ芹が宙から土蜘蛛の糸を連射する。
すかさず金剛寺は身をかわし、難を逃れる。
芹がウインクを送る。
「つまり疫鬼が人間を飲み込んで作り出した分身には、再生能力がある。
これは敷次郎の特性と同じであり、本体自体には分裂能力があるものの再生能力はない。
こう考えればよろしいでしょうか」
「そうそう、そういうこと」
緒方は「なるほど」と相槌を打つ。
その会話は藪鮫のインカムにも聴こえていた。
「こちら藪鮫っ。
七宝くん、どこだぁい」
藪鮫は廃工場の鉄扉に身を寄せ、中をうかがう。
星明りがあり暗視ゴーグルで視覚はある程度有効ではあるが、廃棄物が散乱している工場内は完全に把握できない。
しかも叫び声や金属のぶつかる音、物が壁に当たる反響音がこだましているのだ。
いったいどんな惨劇が繰り広げられているのか、藪鮫の心中は穏やかではない。
「あらぁ、わたしをお呼びになってるのは、もしかして藪鮫さまですかあ?」
七宝のハイトーンの声が、藪鮫のインカムに届く。
ほっと息をつき、藪鮫は九尾剣をいつでも使えるように身構えながら、素早く建物の内部へ入った。
「キャーッ、藪鮫さまーっ」
崩れた石灰袋の山の奥から、両手を振ってピョンピョン飛び跳ねる七宝。
その横にはナーティが日本刀を持って立っていた。
「あらあ、市さま!」
ナーティも嬉しそうに腰をひねる。
「みなさん、ご無事ですか?」
九尾剣を下げて藪鮫は走り寄った。
「心配してくださるなんて、ワタクシ嬉しいわあ」
ナーティがよろめこうとした寸前、七宝のほうが素早く藪鮫の腕にすり寄る。
「まあイヤらしいわね、この娘っ」
悪態をつくナーティに、藪鮫は笑顔を向けた。
「もちろん心配してますよ、お嬢さん」
ポッと頬を赤らめるナーティ。
そこへ珠三郎の味気ない声が届く。
「えーっと、ナーティ嬢。
お婆は、まだ闘ってるんだけど」
「あらっ、そうだったわ!」
珠三郎がナーティとぬえに渡したカチューシャ型インカムの音声は、もちろん装着していない藪雨には聴こえない。
「市さま、まだおばあさまが奥で」
言い終わらないうちに藪鮫は駆けだす。
組まれた鉄骨の奥からぬえがもう一体の疫鬼と闘う音が響いてきたからだ。
その後を、ナーティと七宝が追う。
「ぬえちゃん!」
藪鮫のゴーグルに、ぬえが宙を舞い疫鬼と対峙している姿が写る。
尾による攻撃をスェーバックでかわしたぬえは、ひょいと上体を起こした。
「おおぅ、イッちゃんやあ。
若いモンは体力の回復が早くていいのう」
「ぬえちゃん、下がって!」
藪鮫は手前で止まると、九尾剣の柄をベルトにもどし土蜘蛛を両手で構えた。
ぬえは両足でコンクリートの床を蹴り、器用にトンボ返りをする。
すかさず土蜘蛛の糸が金属音を立て銃口から発射された。
鋼鉄さえ貫く糸が疫鬼の頭部に次々と撃ちこまれる。
途中から糸が倍の量になった。
七宝が藪鮫の隣りに片膝をつき、土蜘蛛の糸を連射しているのだ。
「あらまあ、完全にハリネズミよ」
ナーティは巨大な剣山と化した疫鬼に一瞥をくれた。
身動きが取れないほど、疫鬼の身体には土蜘蛛の糸が無数に刺さっている。
藪鮫は土蜘蛛の糸をホルスターに納めると、再び九尾剣を手にした。
シュンッ、剣先が伸びる。
「さあ、お嬢さん」
藪鮫はナーティを振り向き、かしずくように身体を曲げてナーティを前に進める。
「嬉しいわぁ、レディファーストね」
ナーティはウインクし、村正を正眼に構えた。
二人はピッタリの呼吸で床を蹴る。
頭部をナーティが、腹部を藪鮫が狙い、それぞれ剣を一閃させた。
疫鬼の身体は緑色の粘液を吹きながら、三つに切断された。
「ほう、さすがイッちゃんに、オカマさんじゃ」
「いやーんっ、藪鮫さまーっ、素敵!」
ぬえと七宝は感嘆の息を漏らした。
工場内が静寂に包まれた。
全員が、瓦礫の近くで胡坐をかいている珠三郎と体操座りをしている五条の傍に集まる。
「さあって、タマサブ、どうなのよ。
本体はみつけたのかしら」
七宝は珍獣を発見したような表情で、珠三郎の真横にしゃがみこんだ。
藪鮫は辺りを油断なく探りながら、インカムで緒方に連絡する。
「緒方隊長、こちら藪鮫です。
民間人四名は無事です。
そちらはいかがですか」
荒い息遣いの緒方の声が、藪鮫と七宝のインカムに入って来た。
「おうっ、ご苦労さん!
こっちは全国から敷次郎たちが集結してきちまってる。
もう少しかかりそうだあっ」
「お疲れさまでーす。
じゃあこっちは僕たちでなんとかしますね」
「お、おい、なんとかするって?」
藪鮫はニコリと微笑んだ。
「疫鬼を封印するって、ことでーす」
「大丈夫かあ!
藪鮫と七宝だけでよう」
「あははーっ、隊長、民間人っていっても、我々検非違使庁の保安官並み、いやそれ以上の力を持った方々ですから。
それでは」
嵐の前の静けさ。
誰もがそう感じ取っていた。
珠三郎は口を閉じたまま、タブレットとパソコンの画面を見比べたままである。
五人は足元のコンクリート下に意識を集中していたため、工場の二階相当部分の壊れた窓枠付近に身を潜めているリンメイには気づいていない。
リンメイの着ている服は破れ、露出している肌には無数の傷が痛々しい。
だがその双眸は憎悪に燃えるオレンジ色の光を帯びていた。
つづく
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