第47話 赤い石の秘密

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第47話 赤い石の秘密

「おおっ!」  いきなり五条が大声で叫んだ。  ナーティとぬえはすかさず手にした武器を構え直し、藪鮫と七宝は姿勢を低く保ち、ホルスターに手をやる。  ひとりだけ、珠三郎は気のない表情で、隣に座る五条に顔を向けた。 「じいさま、もしかして、お漏らしかな?  かな」  五条は苦渋と喜びを、器用に顔に浮かび上がらせていた。 「思い出したんだよ!  思い出したんだ」  ぬえはトンファーを弄びながら、旧友の顔をのぞき込んだ。 「源ちゃんや、年金の支給日は来月ぞ」 「い、いや、あの化け物をなんとかできるかもしれん」  藪鮫が言う。 「あなたは確か、岐阜大学の先生でしたよね。  うーんと、考古学専門の」  藪鮫は地方駐在武官として、岐阜県下の様々な情報を頭にインプットしていた。 「いかにも。  わしは五条と申す」 「で、先生。  いったいどうやって疫鬼に対抗したらいいのか、心当たりでもおありなんですか?」  五条は藪鮫を見上げ、うなずいた。 「わしが以前仕入れた、『銀嶺の覇者』と題する古文書がある。  そこにあの疫鬼について書かれていた箇所があったんだ。  いや、正確に言えば、当時は疫鬼という固有名詞は知られていなかった。  千年前に海を渡ってやってきた外来人の中に、呪術師がおってな。  その呪術師から口伝された内容が記されておった」  珠三郎の細い目がキラリと光る。 「ほほう。  千年前ですとな。  日本の平安時代、魑魅魍魎が跋扈(ばっこ)していた化け物バブル時代ですなあ」 「呪術師は薩満と呼ばれており、その薩満が大陸から持ち込んだのが化け物だった。  なぜこの国にわざわざやってきたのかは、わからん。  だが百目と名乗る男が探しにくるくらいであるから、我々のあずかり知らぬ世界で何かが行われようとしているのは間違いないであろう」  ナーティは視線を周囲に向けたまま、五条に訊く。 「それで、先生。  どうすればよろしんですの?」 「うむ。  その方法なんだが」  言いかけた時、グラグラッと大地が揺れた。 「ウオッ!」 「あれえっ!」  コンクリートの床に亀裂が入り、工場内の瓦礫が音を立てて崩れる。  藪鮫と七宝は民間人を守るべく、素早く立ち上がった。 「来た来た、来ましたよーん」  あわてず騒がず、珠三郎は座したまま胸元の液晶画面を見続ける。  揺れる窓枠に張り付いたリンメイは、低い唸り声を上げた。  バリバリバリッ!  工場の片隅、珠三郎がでんと座る対角線上にコンクリートの床を打ち破り、何本もの緑色の大蛇が姿を現した。  疫鬼の尾である。  獲物を狙うように蠢めき、宙に踊った。  ナーティとぬえは珠三郎と五条を守るように武器を回転させ、藪鮫と七宝はそれぞれ左右に跳び土蜘蛛の糸を発射する。  ズドドォォンッ!  コンクリートが割れ、疫鬼の本体が姿を現した。 「いやだ、ちょっと大きくなってない?」  ナーティは出現した疫鬼を見上げる。  採掘現場で甦った時は二メートルほどであったのが、倍近い体高になっているのだ。  シャアァァ!  疫鬼は腐臭の漂うガスを口元から吐き出した。  モルタルの壁を背後に、真っ黒な空洞の両眼を向けている。 「何かを喰らったのかな?  かな」  珠三郎は親指と人差し指で丸いあごを支えながら、つぶやいた。  藪鮫と七宝は床を蹴って走り出した。  土蜘蛛から無数の糸が銃口を光らせながら発射される。  疫鬼はそのすべてを尾で振り払った。  屋根の鉄骨を猫のように飛び跳ねながら、リンメイが疫鬼に両手を広げて攻撃を仕掛ける。  緑色の尾が何本も交差し、リンメイを狙った。  だがそれを瞬時にかわしながら、リンメイは鉄骨の柱やベルトコンベアを踏み台にして何度も疫鬼に襲いかかる。 「だめだ!  あの女の子がいたら土蜘蛛は使えない」  藪鮫はホルスターにもどすと、九尾剣を取り出す。 「こうなったら全員で攻撃しましょ!」   ナーティとぬえも疫鬼に向かった。 「じいさまぁ、さっき言っていた疫鬼への対処法って、なにさ」  珠三郎はリュックを広げ、新たな武器をまさぐりながら訊く。  五条は中腰の姿勢になって震えていた。  目の前で化け物が現れ、ぬえたちが応戦しているのだ。  その凄まじい攻防戦は、一介の学者にとっては恐怖そのものであった。 「ねえってば、じいさま、もしかして耳が遠いのかな?かな」 「い、いや、聴こえておる!  聴こえているが、あんたさんは恐くないのか」 「えーっ、別にあんなの一匹や二匹に驚いているうちは素人さ。  二年前に経験したした化け物との闘いは、もっと壮絶だったもんねー」 「二年前?」 「それはいいからさあ。  早く対処法ってのを教えてちょうだい。  でないと、じいさまの幼馴染みのお婆がどうにかなっちゃうよ」  確かに高齢であるぬえの動きは、徐々にだが鈍ってきている。 「そうだ!  ぬえちゃんだ!」  五条は立ち上がった。 「ぬえちゃんに渡した赤い石。  あれこそが化け物を制御できる唯一の方法だ!」  珠三郎は距離にして三十メートルほど先を見つめた。  巨大な疫鬼に対して、猫娘であるリンメイが空中から、ナーティたちは地上から攻撃している姿が見える。  だがどう贔屓目に見ても、四メートルの身体から繰り出される何本もの尾による攻撃は人間側を追いつめようとしている。 「赤い石って、お婆が首からぶら下げてるやつかい?」 「そうだっ、それ。  それを使えばいいんだ」 「どうやって?」  珠三郎の純粋な問いかけに、五条は詰まった。 「まさか、知らないとか」 「うむむ、『銀嶺の覇者』によれば、緑の土器より生まれし化け物は赤き石のみ傀儡とさせる。  という、くだりしか記載がなかった」  五条は苦虫をつぶしたように目を閉じる。 「そうですかっと。  まあそれならそれで考えましょ。  ナーティ嬢、お婆、聴こえてると思うけどさあ、そういうことでお婆だけこっちへ戻って来てほしいんだな」  ナーティは音を立てて飛来する尾を村正で跳ね返しながら、ぬえの横に立つ。 「わかったわ。  さあ、おばあさま、今のうちにっ」  ぬえは前転して場を離れ、五条の立つ位置まで走る。  かなり息が上がっており、身体を酷使していたのがうかがえた。 「ほーっ、ほーっ、さすがに年寄にはちとハードじゃわいな」  五条はいたわるようにぬえの肩を抱いた。 「ぬえちゃん、力になれなくてすまんなあ」 「なんのなんの。  源ちゃんは知力、わしゃあ体力で勝負じゃぞ。  ところで源ちゃんにもらった、この愛の証がなんだってえ?」  ぬえは胸元から赤い石のネックレスを取り出した。                                 つづく
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