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第50話 ななぼし食堂の三人
「本当に、ありがとうございました。
ナーティさん、珠三郎さん。
なんとお礼を申し上げたらいいのか」
「堅苦しいこと言いっこなしよ、レイちゃん。
それじゃあ、乾杯しましょう」
「ぐへへっ、ルネッサーンス!」
グラスを合わせる音が店内に響く。
ナゴヤ市の駅前商店街にある食堂、「ななぼし食堂」に洞嶋レイとナーティ、珠三郎は顔をそろえていた。
下町の食堂であり、店主の気が向いた時だけ夕暮れに居酒屋の暖簾を掲げる飾らない店だ。
酔客のほとんどは周囲の商店主たちだが、レイはひょんなことからこの居酒屋のおなじみさんになっていた。
レイのような超美形で抜群のスタイルを持つ若い女性が、ほんのり頬を染めて盃を傾ける仕草は、常連客の年配商店主たちにとって何よりの肴、なぐさめであった。
この日もレイが席を予約したという情報を仕入れた八百屋、呉服店の旦那たちは開店と同時に、予約席の手書き札が置かれた真ん中の四人掛けのテーブルを囲むように陣取っていた。
ところがである。
レイが暖簾をくぐった後ろに続いて入って来たナーティ、珠三郎を目の当たりにし、客たちは口を開けたまま固まってしまった。
レイは会社帰りであろう紺のパンツスーツに、胸元がセクシーに盛り上がった白いインナーを着て、栗色のセミロングヘアは後ろでまとめてある。
肩から掛けたブランド物のバッグはいつもの素敵な出で立ちだ。
口笛を吹こうと構えた本屋の主人、なぜかクラッカーを鳴らそうとしている魚屋の大将、隠居している元小学校の校長がグラスを持って立ち上がった。
レイに後ろから大きな頭を下げて暖簾をくぐってきたナーティを見て、一斉に押し殺した悲鳴が上がった。
淡いピンクのサマードレスをまとったゴリラに間違われたのだ。
しかもナーティに続く珠三郎は、床に届きそうな長い黒髪に黒い作務衣を着ていたのだが、どう見ても妖怪か背の低いデブな死神だ。
レイはそんな商店主たちには気づかず、「こんばんは、みなさん」と笑顔で会釈した。
その声にふと我に返った面々は咳払いをしながら互いに目くばせし、通夜のようにしめやかに盃を傾け始めるのであった。
「これ、お土産ね。
ちょっと重たいけど」
ナーティはO市名物の水まんじゅうを入れた袋を、向かい側に座るレイに渡す。
「まあ、これは私の好きな銘菓です」
「よかったわ。
なににしようか、迷ったんだけど。
レイちゃんって甘辛両刀使いだって思い出したからさあ。
ちょっと、アンタ、なにひとりで食べようとしてんのさ!」
ナーティは横に座る珠三郎を振り返る。うっとしいほど長い髪を顔の真ん中で別けながら、珠三郎はテーブルに並んだ一品料理をガツガツ貪っていた。
「うむむっ、この味付け、温度、そして盛り付け、どれをとっても高級料亭に勝るとも劣らないぞぅ。
これは侮れませんなあ、ぐへへっ」
珠三郎の眼鏡が光る。
レイは我がことのように嬉しそうに微笑んだ。
「よかった。
タマサブさんが褒めるなんて、みやびちゃんの事以外で初めて聞いたわ。
今夜は私が全部持ちますから、さあ、ナーティさんもいただきましょ」
ナーティも箸を伸ばしながら、コップに注がれたビールを一口で飲みきる。
「やっぱり、ビールよねえ。
あら、この煮つけ!
なんて美味しんでしょ」
ナーティは金目鯛の煮つけを、頭から骨ごと口に入れた。
ゴリゴリッと噛み砕く音を聞いた本屋の主人は、隣に座る元校長にささやいた。
「レイちゃんのお友だちってえのは、ナニモノなんだい?」
「さあ、あまり関わらないほうがいいですぞ、ご主人」
レイは厨房に向かってソプラノのよく通る声で、次々と注文をしていった。
「それで、ナーティさん。お電話で大まかな経緯はうかがったのですが、その疫鬼やら猫娘でしたっけ、どうなったのですか?
それにケビイシチョーなんてお役所があるだなんて、少しも知りませんでしたわ」
ビールから冷酒に切り替えたレイは、グラスを置いて小声で訊く。
「そうね。
レイちゃんにお会いしてお話ししたほうが、良いのじゃないかしらってワタクシも思っていたから。
足りないところは、アンタが補足すんのよ」
珠三郎を突きながら、ナーティは語り出した。
つづく
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