第10話 アルバイト

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第10話 アルバイト

 明日のために、でもないだろうが太陽はいつの間にか姿を消していた。  主役が交代した空には、さそり座やへびつかい座、こと座などの星々が徐々に明滅し始めている。  大気はよどんだ昼の熱気を、抱いたままであった。  ナゴヤ市の南東を流れる一級河川、天白川(てんぱくがわ)。  川沿いには広場や野球グランドが、市の管轄で作られていた。  ただ市の財政はかなり逼迫しているようで、整備された一部をのぞくと荒れ放題の草っ原であった。  子供の背丈ほどの水草が、河川敷の大部分を占めている。  近くの小中学校では、ここら一帯を立入禁止にしていた。  家電、自転車などの粗大ゴミ以外にもバッテリーや工業廃棄物まで違法投棄されているからだ。 「ほんとに、今夜現れるのね?  こんな場所に」 「うん。  社長が予知したらしいから、確率は百パーセントだよ、みやびちゃん」 「ちょっとぉ!  暑苦しんだからそんなにひっつかないでっ」 「照れ屋さんだなあ、心配しなくてもボクが守って、あ・げ・る」  珠三郎のなぜか機械油臭い吐息が、頬をなでる。  みやびは鳥肌をたてた。  キショクワルー!  ア、アンタが一番怪奇な存在なんだよ。  ああ、しゃちょー、本当にこんなオタクカッパがアタシの仲間なのお?  何かの手違いであって、お願い。  みやびは現在、珠三郎と二人で、生い茂る草原に潜んでいるのであった。 ~~♡♡~~  二時間前。  みやびをタンデムシートに乗せた珠三郎は、ロードキングでみやびの自宅前につけた。  夕方の稽古に来ていた門弟たちが呆気にとられる中、みやびは「おほほほっ」と意味不明の笑い声を残し、自宅へ飛び込んだ。  五分もたたないうちに通学用のセーラー服姿で現れたみやびは、門弟たちの見守る中、バイクのタンデムシートにまたがる。  門弟たちに「それでは、ごめんあさーせ、おほほほっ」と不気味な笑いを残して、武道場の前の道を、バイクの爆音とともに去っていったのであった。  みやびは肩にテニスラケットのカバーを大きくしたような、真っ赤な革製のバッグをたすきがけに抱えていた。  千雷家に代々伝わる十文字槍を、収納するケースである。  元来槍は使う者の身長により、二メートルから三メートル程度の長さがある。  この十文字槍は柄の部分はグラスファイバー製のロッドを組み合わせ、自在に長さを調整できるように特殊加工されているのだ。  ロードキングは一路天白川を目指し、市内を駆け抜けてきたのであった。 「社長がボクのスマホに連絡してきて、今夜この河川敷に、雍和が出現しますってさ。  あの人の予知能力と言うか透視能力は、ボクは知り合う前から注目はしていたんだけどね。  一般の人は気づいていないだろうけど、社長が決めた投資先は百パーセント利益をもたらしているんだぜえ」 「なんでアンタが、そんなに詳しいのよ」 「ワッハッハッハ。  みやびちゃん、ボクは天才なのだよ。  ナゴヤ市の経済界のことくらい、把握していますって。  でも今日はねえ、雍和の出現と同時に、三人目のお仲間が居る場所が判明したらしっくてさ。  そんで早急にお誘いの話をしたいとってことになって、今回は別行動になったわけね。  まあボクがついている限り、何も怖がることはないさ。  社長は何回もみやびちゃんに電話したらしいよ。  つながらないから、機動力のあるボクに託したんだけど。  で、なにゆえセーラー服なの、なの?」  五センチ離れれば、三センチ近づいてくる珠三郎に、みやびは冷たく言い放った。 「さっきの私服は撮影用のお高いモノなの!  汚すわけにいかないでしょ。  セーラー服つうか、学校の制服ならいくら汚れても、おばあさまが、学業に関わる出費はわたくしがお支払いたします、って両親に言ってくれているからよ。  クリーニング代だろうが、新品購入だろうが、オッケーなわけ。  それより、アンタ」 「タマさま、って呼んでくれて構わないぜ、ベイビイ」 「タマサブ、アンタさっきから何をチューチュー音させてんのよ」  二人は珠三郎が背負っていた大きなリュックから取りだした、世界地図の図柄で二畳ほどあるビニール製敷物の上に腹這いになり、草原の隙間から前方を見ていたのである。  満天の星空であり、遠くは結構見渡せる。  しかし茂みに隠れるような格好のため、すぐ隣の相手は黒い影のようで見えにくい。 「えっ、これかな。  小腹がすいたのと、今から始まる化け物退治のために栄養補給さ。  ボクは雍和に接するのは初めてだしー。  みやびちゃんもいるかい?」  珠三郎が口から離した物体を、みやびの顔に近づけた。 「アッ、すっぱクサいっ。  これ、もしかしたら」 「うん、そうだよ。  いつも携帯しているんだ」  珠三郎はそう言って、マヨネーズの詰まったチューブを嬉しそうに見せる。  け、携帯って。  みやびは眉間にしわをよせ、あからさまに拒否反応を示す。  闇の中、珠三郎は美味しそうに栄養補給にいそしんでいる。 「タマサブ、アンタは何でこんな仕事を引き受けちゃったのよ」  話題を変え、みやびは問うた。  珠三郎の眼鏡の奥の細い眼が、キラリと光る。 「決まっているじゃないか。  わからないかい」  本人はとっておきの男らしいシブイ声のトーンに変えたつもりだが、どう聞いても鼻づまりの声である。 「ハアッ?」 「みやびちゃんが、いるからだよおぉぉっ!」  ヒヤアアッ!  顔が近い顔が近いっ。 「そうそう、忘れていた。  社長から伝言」 「しゃちょーから?  なんて?」 「今夜も無事に雍和を葬ったら、のちほどお約束のアルバイト代は手渡しでお支払いしますってさ。  みやびちゃん、実は貧乏なの?」 「違うわよ!  失礼な。  普通の高校生が、ハンバーガーショップやコンビニでバイトするのと同じよ」 「化け物退治が、同じ、アルバイト?」  首をかしげる珠三郎。  その時、二人が隠れている草原の先の川べりで、奇妙な現象が起き始めた。                                 つづく
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