第36話 ナーティ対疫鬼

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第36話 ナーティ対疫鬼

「おおぅ、イッちゃん!」  ぬえはトンファーを持って駆けだそうとした。  その肩を大きな掌がつかむ。 「ここはワタクシに任せて、おばあさま。  その代わりに、あの猫娘をお願い」  ナーティの眼差しを見て、ぬえはうなずいた。 「タマサブ、アンタはこのおじいさまをお願いよ」 「オッケイ、がってんだよーん。  えーっと、ナーティ嬢を援護するためにっと」  リュックを探る珠三郎に、ナーティは鋭く言い放った。 「もうっいいから!  アンタはそこでじっとしてなさいな」  ナーティは愛刀村正を振ると、一気に走り出す。  すぐ後をぬえも駆ける。  疫鬼は採掘現場の穴に倒れてうめく藪鮫に、槍のごとく尾を放った。  藪鮫が串刺しになる寸前、銀色の光をきらめかせ一陣の風が吹き抜けた。  バシッ!  尾が跳ね返される。 「お待たせしたわ。  ここからはワタクシに任せてちょうだいな」  ナーティは藪鮫の前に、壁のように立ちはだかった。 「ご、ごめんねえ、女子に守ってもらうなんて恥ずかしいけど」  藪鮫は血のにじんだ口元に笑みを浮かべ、うつ伏せの顔を上げた。 「まあ、嬉しいわ。  ワタクシを女子と見做していただいて」 「えへへっ、どこから見ても美しく逞しい女子だよう」  ナーティはファンデーションで隠された頬を、ポッと染める。  そして、鋭い眼差しで疫鬼を睨んだ。 「さあ、どこからでもかかっていらっしゃいな!  戸山流軍刀術の奥義を見せてさしあげるわ」  疫鬼はぶるりと身体を揺らすと、いきなり跳んだ。  今までほとんど動かなかった疫鬼。  宙に舞うと幾本もの鋭い尾をナーティに向けて、伸ばした。 「フンッ」  ナーティは横たわる藪鮫を守護するように、刀を上段に構えて脚を広げる。  尾はまるでそれぞれが意思を持っているように、時間差で襲ってきた。  村正がそのすべてを跳ね返す。  だが子疫鬼をぶった斬ったようには容易に切断できない。 「乙女はね、待ってるだけじゃないのよ。  いざとなったら積極的に行動するんだから!」  このままでは倒れている藪鮫を守ることしかできないと考えたナーティは、尾を打ちながら、疫鬼に向かって走り出した。 「そーれっ、それそれそーれーっ!」  重力さえも刀で断ち切ったがごとく、ナーティは大地を蹴り巨体が宙に跳んだ。  疫鬼は尾による攻撃を加速させた。  常人の目には捕えられないほどのスピードで、緑色の燐光を放ちながら擦過音を立てる。  ナーティのずば抜けた動体視力は、どの攻撃も見切りさらに疫鬼に迫った。  ぬえは穴の外へ跳ね飛ばされたリンメイを介護しながら、その闘いを見る。 「ほほう、オカマさん、なかなかやるではないか」  リンメイは大地に仰向けに寝ている。  着衣は破れ、顔やむき出しの腿には大きな擦過傷があった。 「ほれ、どうじゃな」  ぬえはリンメイの身体に骨折はないかを素早く確かめ、額に手のひらを当てて己の気を送り込んでいる。  太極拳の秘術のひとつに、気を操り攻撃する発勁がある。  ぬえは気を練ねり、リンメイの身体に活性剤として送り込んでいるのだ。 「う、うーん」  リンメイはぬえの気によって、正気を取り戻しつつあった。  うっすらと双眸が開き、瞳に光が宿る。  焦点がぬえの顔に合ったとたん、リンメイはあわてて起きようとして苦痛に顔を歪めた。 「焦るでない。  わしの気といえど、万能薬ではないでな」  リンメイは額にかざされた手のひらから流れる温かい気を、素直に受け入れる。 「それでよい。  おまえさん、呪い師じゃな。  わしの気を自分の気と結合させよ。  さすればある程度回復するじゃろ。  まあ応急処置じゃがな」  リンメイは目を閉じ、ぬえの言葉に従った。 「え、疫鬼は」  リンメイのオレンジ色の口元がかすかに動いた。 「それはあの化け物のことじゃな」  こくりとうなずくリンメイ。 「今、わしの友人が立ち向こうておるわいな。  さてさて、どうしたものかのう。  あんな化け物にはわしの体術では到底太刀打ちできぬしなあ」  リンメイは瞼を少し開き、ぬえを見上げた。 「わたし、忘れていた。  師から聴いていたのに、忘れていた」 「うん?  なんじゃな」  ぬえの問いにリンメイは無言のまま唇を噛みしめた。                                つづく
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