9-93『それでも想い続ける夜』

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「そいでさそいでさ、やっぱりヤバいのって最後のSEの【Say anything】だと思わん?だってほら確かにそれは前のアルバムの曲なんだけどさ、全ての演奏が終わった後にまさかのそれで締め括ろうなんて、そりゃあもう脱帽もんのセンスってかね、なんとも言えない素敵な気持ちに自然とさせられるんだよなぁ……………」 「うっ、うんそうだね……………」 けれどもこの時にまだ楽しかったのはお客さん側の大河ばかりで、奈々は少々これにウンザリしつつあった 今の大河とは必要以上に関わりたくない、甘んじて仲良しなんて許されない、そんな大河とは相変わらずに子供達に優しいから母親目線に心が痛むも、これを許容する訳にはいかない その上でこうしてある程度の嘘が出払ってしまった頃になると、イコール奈々にはもう話せる事がなかった訳で、じゃあ話題が無いからとまた例えば恋の話しなんて絶対の禁忌だった訳で、奈々としては忖度なしに大河には早々に帰ってもらいたい次第 しかしやっぱりそれだけは、大河の様な常連客には後が恐くて何も言えず、だったらもうここは露骨に険悪な態度を持ってして、察してくれる様に仕向ける事が最善にして唯一の方法かも知れないと、苦し紛れに奈々は考えた 「ん?急にどしたの?生理か何か?」 だけど大河には奈々が嫌がっている風には見えなかった、ロックンロールの話からいきなり不機嫌なんてあり得ない、もしそうならそれは前代未聞の奇想天外の摩訶不思議 少々デリカシーに欠いても、大河にはもはやそうなんだとしか思えなかった…………… 「うーん、ごめんね大河、でも私にはやっぱりどうしても不思議でしかないんだ……………」 「不思議!?何がどうして!?」 大河にはまるっきりの意味不明な展開で、思わず煙草もお酒も休止で前傾姿勢にならずにはいられない、しかし奈々はそんな大河だからこそ今心底ウンザリしていて、こうなったら怒鳴り散らしたりはしないまでも、やはりじっと静かにはしていられなかったのだ…………… 「いやだって単純にだよ?大河はお客さんだって言い張るけど、でも形式的にも告白を断った私と前みたいに2人で飲んでいるだけって、やっぱり辛かったりしないの?ごめんねだけど私は結構気まずいんだよ……………」 「まあそりゃあ確かにね、だけど俺が俺のプライベートに何をしたって俺の自由な訳で、それに基本的に大悟が来る事のないこの場所でなら、困るって事もないだろ?」 大河が辛くない筈がない、けれども一方で通い続ける本当の理由は、真央の為にも冷静沈着なまでにひた隠した 「困るとまではさすがにもう言わない、それに前々回にここで会った時の事だけど、それに関してはさすがに私もごめんって本気で思っている、でも逆の立場ならやっぱり辛いかなって、そんな風に思うんだよね……………」 設定だけどそれは本音、大河の辛い心情を色々と察している奈々には、甚だ理解不能でそして極めて不愉快だった 「だからその為の設定だったんだよ、奈々ちゃんと仮にも姉弟を謳う俺が普通のお客さんに戻る為には、一度ガラッと距離を設ける必要があった、それには極論として告白からの失恋の運びしかなかったんだよね、ただそれだけの事、だから普通の告白とは何もかもが違うんだからよ、今になって俺らが変に気まずさを覚える必要は、きっと無いんだって俺は思うぜ?」 それでも大河は奈々に改まって好きと言ったりはしなかった、だからこそ泣きたいくらいに辛くても、自らが掲げた設定の1つすらきちんと守り切れない様では、きっともっと守りたい者達の事はこの先守れる訳がないから 大河は勘の鋭い奈々の事だから、十中八九本当の気持ちを見抜かれてしまっているのだとしても、設定の連呼を止めなかった…………… 止める訳にはいかなかったのだ…………… 「そうなの、じゃあ私も23時に梓ちゃんが出勤をして来るまでは、生理って言う設定にさせて?ごめんだけどただこうしている間にも、またいつ大悟が抜き打ち的に来るんじゃないかなって考えちゃうと恐くてさ、すると大好きな筈のロックンロールのお話も、私には大河みたいに楽しんだりは出来ないんだよ、だからお客さんに対して私情を挟むべきではないんだって私も本当は解ってる、だけどもう私も昔みたいに夜らしく強くは居られないんだよ、やっぱり33歳でもそれなりの年齢なのかなぁ、どうしても疲れてしまってね、ごめんね……………」 だけど奈々が限界だったのだ、このままではまたいつもみたいに泣いてしまうのも時間の問題 お客さんでもお店の側でも、他に誰かが居てくれたのなら話は別、けれどもこうしたマンツーマンだけはもう嫌で、心底無理でしかない 奈々の抱えている心労とはもうとっくに半端の域を超えていた、だってこうしていて大悟と喧嘩になってしまう事までなら予想をされてもまだともかく、かつての優しかったあのブラザーに対する失望と絶望を止められない 1分1秒、経過と共に確実に大河の事が嫌いになって行く感覚が膨れては止まらない、そして奈々にとってこんなにも哀しい事なんて、やはり他にはなかったのだ…………… 「はいよ……………でも23時ってまだまだ1時間半はあるぜ?それでもお喋りって気分でもなければ、もちろんカラオケだって多分歌いたい筈がねぇ、それだとやっぱりちょっと退屈だよなぁ、ねぇ誰か呼んだら?例えばC.E.Oなり俺の知らないお客さんでも構わねぇからさ、それにさっき言っていたけど、奈々ちゃん的にも俺とサシよりは他に誰かしら居た方が良いんじゃないのか?いやてか多分そうでしょ?」 マンツーマンだけならまだともかく、ロックの話も子供の話も出来ないのなら大河としても話はまた別、またしてもある種のトレーニングとしてのニュアンスばかりが引き立って辛い それなら心機一転他の誰かに交ざってもらう事こそが、大河は得策だと考えた…………… 「うん……………上手く出来るかどうかは解らないけど、そうしてみるよ……………」 21:35 「退屈」だと言うくらいなら、それに明日も朝がきっと早かった訳で、だったらいつまでも文句なんか言っていないで、さっさと帰ってしまえば良いのに…………… まだまだここは夜の最序盤、でも奈々は本気でそんな風に思っていた、けれどもやっぱりそれは思う事しか出来なかった事で、問答無用で大河と同じく今のままが嫌だった奈々は、とりあえず誰か他のお客さんに来てもらおうと、言われたままにラインを開くのだった……………
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