うつろう大地

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 雨粒が一つ落ちるごとに季節が進んでいくようだった。  恐らく、今年最後になるであろう台風が接近しているせいで日本列島全土にもたらされた大雨が、夏の名残を完全に洗い流していった。  鮮やかな色彩は失われ、涼しい風が吹き抜けていく。  常に傾いでいるような太陽の日差しが、物憂げに世界の輪郭を曖昧に照らしていた。  たった一年で生い茂った草は、かつての赤い屋根の小さなお家とその庭一帯を覆い尽くしている。名前の分からない小さな黄色や赤い色の花が、大雨のせいか心なし萎れて揺れていた。  あの赤い屋根の小さなお家がここにあったとは、誰も思わないだろう。  そこで、おじいさんとおばあさんが暮らしていたことも。  冬の庭で、雀たちや他の鳥によるささやかな宴が繰り広げられていたことも。  時間の流れと、季節の移り変わりの中にすべて飲み込まれていってしまった。  きっと、今日もどこかで、誰かと誰かの物語が幕を閉じて消えていく。自然の繰り返しの中では、一瞬にしか過ぎない些細な出来事。  けれども、それを覚えている人もいる。  忘れられずにいる人がいる。  こうして書き残そうとする人もいる。  それに意味があるのかと聞かれると、意味など無いのかも知れない。それでも、そうやってこの土地の上では、名も無き人たちが懸命に生き続けて来た。  かつて誰かが暮らしていた家は、取り壊されて更地になり、草木が繁る。けれども、また新しく人は家を建てて暮らしていく。  その繰り返し。  あの赤い屋根の小さなお家のことを。あの庭で行われていたささやかな冬の宴を、私は決して忘れない。  今年も、もうすぐ雪が降る。  籠の中には、まだ枝から落ちたばかりの青々とした胡桃がいっぱいに詰められている。これを日に干して乾かして、硬くなった殻を砕いて実を取り出す。  そして、夏の間に貯めていた向日葵の種などに合わせて混ぜて、庭の木箱に吊すのだ。  おじいさんとおばあさんが、そうしていたように。  雀が庭に降り立ち、どこからかエゾリスも姿を見せるだろう。  どこかの家の、どこかの庭で、冬の宴はずっと続けられていく。  きっと私がいなくなった後も、また誰かが宴を引き継ぐのだろう。  さわさわと風が吹いて、草を揺らす。  湿った草木の匂いが秋の色を帯びていた。  また、冬がやって来る。  その前に、今日もまた、世界のどこかでひっそりと――命の花が咲く。 END
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