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「何で勇者は来ないんだろう……」
魔王は呟くように秘書に投げ掛けた。
「逆に何で来てほしいんですか? 来ないほうが楽でいいじゃないですか」
「いや、だって暇じゃない?」
秘書の疑問に魔王は返答した。
「まぁ、貧乏暇なしって言いますからね。暇だということは、魔王様がそれだけ豊かだということですよ」
どう聞いても適当な返事に、本当にこの秘書は自分の部下なのか、魔王は疑問に思えてきたが、何とか表情に出さないよう堪えた。
「まぁ暇だというのもあるし、このままじゃ僕の見せ場がなく人類が死滅するのではないかと」
「何度も言いましたが、その『僕』っていうの止めてください。大抵の魔王は僕なんて言いません」
魔王は秘書に一人称をたしなめられる。
そうかもしれない、と魔王は思った。
「でもさ、産まれてこのかたずっと僕は僕で通してきたんだし、今更どう変えていいかがわからない」
「俺、だとちょっと弱いですかね……我、とかどうでしょう?」
秘書が提案してくる。
「我、ね……じゃあ、このままじゃ我の見せ場が失くなってしまう気がする」
魔王は言われるがままに言い直した。
「良くできました。でも世界を征服することこそ魔王の見せ場じゃないんですかね?」
「いや僕が思うにさ……」
「我」
秘書が即座に訂正してくる。
「ごめん。我が思うにさ……魔王の見せ場って、やっぱり散り様なんじゃないかと」
「……死にたいんですか?」
「いや、そうは言わないけどさ、カッコいい散り様を見せつけることも魔王の務めなんじゃないかなとも思うんだ。印象に残る悪役って、大抵カッコいい最期だよね、負けてなお魔王ここに在り、みたいな。それが魔王道というものじゃないかと」
秘書はまた欠伸を噛み殺している。
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