プロローグ

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プロローグ

 真っ青な天と地の間に、体が浮いた。頭上には晴天が広がり、眼下には穏やかな水面が太陽の光にキラキラと輝いている。どこまでも広がる青い海の彼方には、丸い水平線が見える。  美しい景色の中、一瞬の無重力を体感したあと、無情にも体は墜ちていく。現実味のないこの光景に、声すら出なかった。  ヘリの機体から投げ出された体は重力と慣性力のなすがままだった。もはや上下の感覚も分からないまま、気付けばクリスは海面に転がるように叩きつけられていた。  移動するヘリから落ちた勢いで、体が回転しながら海中に沈む。そこでもまた上下感覚が奪われる。海水が口に入り、パニックになってもがいた。必死に手足をバタつかせ、水面を探す。落ち着かなければ、と分かっていても無理だった。頭も体もいうことを聞かない。  数秒の時間が過ぎると転落の衝撃が落ち着き、徐々に周囲の泡が引き始めた。ようやく海面を見つけ、顔を出す。海水が肺に入ったためか、上手く息ができない。必死に手足を動かしながら、海面に出ては沈みを繰り返した。  呼吸が苦しい。このまま、いずれは海に引きづり込まれるのだろうか——と思ったとき、クリスは目の前に浮かぶ島を見た。自分のいる場所から、わずか数十メートルしか離れていない。パニックになっていて気付かなかったのだ。  助かる望みが見えたことで、ようやくクリスは幾らか落ち着きを取り戻した。今度は島に方向を定め、必死に泳ぐ。後方ではヘリの音がまだ聞こえていた。  砂浜へ這い上がったとき、体は震え力は入らなかった。水を含んだジーンズは鉛のように重い。両腕で重い胴体を支え、オリーブ色の長い髪を地面に引き摺って陸に上がりながら、後方から大きな衝突音が聞こえた気がした。  激しく咳き込みながら、クリスは海水を吐き出した。  一通り呼吸が落ち着いたあと、海を振り返る。自分が乗ってきたヘリの姿はもうどこにも無かった。その代わり、海面には機体の残骸らしき金属片がバラバラに散って揺れていた。  秀英……。  ついさっきまで一緒に乗っていた大切な人の運命を察し、絶望が込み上げてくる。そして自分の運命にも。  なぜこうなったのか、これからどうしたらいいのか。砂浜に横たわりながら、呆然と海を眺めた。  つい昨日まで何不自由ない富を手にしていた彼女が、狩られる獲物となった瞬間だった。
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