泣増の面

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泣増の面

唐突だが、昔に体験した奇妙な出来事を書いていこうと思う。 私が小学6年生の年の年末。 大掃除だか何だかをしていて家をひっくり返していた時に妹が見つけた桐の箱。 開けると絹の布に包まれた能面が入っていた。 不気味な顔で天井を見つめる能面の詳細は、家族の誰に聞いても分からなかった。 「おじい、このお面なにー?」 我が家の1番の古株であるおじいちゃんなら何か知っているかもしれないと部屋を訪ねたが、 「あ〜…なんだったかなぁ。昔に人から譲り受けた気もするが…。ん〜おじいちゃんのお母さんが厄除けに買ってきた物だったかなぁ…」 おじいちゃんは時間をかけて考えてくれたが、結局詳しい答えは返ってこなかった。 「まぁ、箱から見るに貴重な物だろうからぞんざいに扱わずに元あった場所に戻してきなさい」 おじいちゃんが言うので、私は元あった場所の屋根裏部屋に箱をしまい、 母親が和室の畳をひっくり返すのを手伝いに行った。 その日の晩。 寝ていた私は妹に起こされた。 トイレに行きたいが、1階から泣き声がして怖くて行けないと。 私は耳をすましたが、特にそれらしい声は聞こえなかったので「お兄ちゃんについてき」 と寝ぼけ眼で妹と子供部屋を出た。 階段をゆっくり降りる。 妹が服の裾を掴んで背後に隠れているので歩きづらい。 数段降りると、確かにシクシクと声が聞こえる。 リビングの方だ。 我が家はトイレが1階にひとつしか無く、しかもリビングを通らなければいけない。 突然怖くなってきた私は妹の顔を見て 「我慢…できるか」 と聞いたが、勢いよく顔を左右に振る泣きそうな妹の顔を見て覚悟を決めるしかないと悟った。 (2階に戻り、親を起こせば良かっただろうと今になってみれば思う) リビングのドアをガラガラと開ける。 そこに人影は無い。 暗いリビングはまるで知らない家に迷い込んだみたいで不穏な気持ちが競り上がってくる。 シクシク… 泣き声はテーブルの上に置かれた箱の中からするようだ。 妹をトイレに行かせ、その間に箱の中を覗く。 蓋は既に開かれていて、絹の布も外されている。 そこには昼に見た能面が涙を流しながら天井を見つめていた。 確かに屋根裏にしまったはずなのに…。 カーテンの隙間から差し込む月光に照らされた顔は苦痛に歪むようで、明らかに昼間と状態が違う。 不思議と恐怖は感じなかった。それよりも悲しみ、辛さ、後悔など負の感情がフツフツと湧き上がってきて、自然と涙がこぼれる。 何故だか私はその面を手に取り、顔に被せた。 そうした方がいいと、その時の私は思ったのだ。 目の前に広がる景色は一面業火に包まれており、肉の焦げた人達が走り回ったり這いずり回ったりして叫びを上げている。 想像していた景色とあまりにかけ離れていた風景に恐怖を感じ、見慣れたリビングに逃げたい一心で能面を剥がそうと顔と面の隙間に指を入れるが、いくら力を入れても剥がれない。 見渡す限りが炎の海で、遠くでは爆発が幾つも起きていた。 身体中にガラス片の刺さった女が子供を抱きかかえて私の方に歩いてくる。 「助けてください…どうか…この子だけでも…」 私は何か言わなければいけないと思い、口を開いたが声が出ない。 口をパクパクさせていると、女性は目の前で崩れ落ちて死んだ。 赤ん坊が泣いている。 私はそのまま意識を失った。 目を覚ますと子供部屋の寝室で、横では妹が寝息を立てている。 あー嫌な夢を見た。 私は地獄に行ったんだと思った。 死後の世界を見たんだと。 明朝、確認するために1階のリビングに下りたが、いくら探しても能面の箱は見つからず、屋根裏部屋もくまなく探したが何処にも無い。 最初からそんな物は無かったんじゃないかとさえ思えてくる。 起きてきた妹に、昨日の夜の事を聞くと、 妹は怒った様子で説明してくれた。 昨晩、私は妹の付き合いでトイレに行ったのは事実らしい。 が、トイレの外で待っていると言ったはずの私がいつの間にか妹をおいて自室に戻って寝ていたので、妹は暗いリビングを早足で戻ってきたのだと。 「私お化け見ちゃったんだから!」 妹が走りながらリビングを出る時、視界の隅を掠めたのが能面を付けた男で、テーブルの横に立っていたと。 話しながら妹は泣いてしまった。 思い出して怖くなったのだろう。 その時私は何が何だか分からず、ただ妹と一緒に泣くことしかできなかった。 というお話。 オチも何も無く申し訳ないが、昨日の夜に実家から例の能面が見つかったと連絡が来たので、 何となく思い出して記録しておこうと思ったのだ。 ちなみに明日、能面はお寺に持っていきお祓いしてもらう予定だ。
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