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1 プロローグ:中指を立てる悪役令嬢
窓際で庭を眺める1人の少女。
銀髪の彼女は物憂げな表情を浮かべ、じっと外を見ていた。
しかし、ただ庭を見ていたわけではない。
庭を歩く2人の男女をじっと見つめていたのだ。
――――――――――――彼らに向かって中指を立てて。
「ルーシー、なぜ中指を立ててるの?」
「…………なんとなくよ」
背後にいる黒髪の少年が彼女に話しかける。
しかし、少女ルーシーは後ろを振り向きもしない。
ただただ窓の外を見つめていた。
「えっと、ルーシー?」
「…………」
そんな彼女の様子に、少年は苦笑い。
部屋にいるのはルーシーとその少年の2人――――――だけではない。
椅子に座り、ルーシーを見つめる男女3人。
彼らもまた彼女を見守っていた。
彼ら4人はルーシーに聞こえないよう、小さな声で話し始める。
「ルーシー、最近元気がないね」
「そりゃあ、そうでしょう。婚約者が平民の女に取られているのよ。普通に考えれば、嫌になるわ」
「そうだが、ゲームのシナリオ通りではある」
紺色髪の少年がそういうと、3人は黙り込む。
彼らは学校入学までにも、ルーシーの幸せのために全力を尽くしてきたつもりだった。
ルーシーがあの王子と結ばれるか、それとも彼らがルーシーの新たなパートナーとなるか。
だが、現実はあの2人がひっつき、ルーシーは1人に。
誰もルーシーのパートナーとはなれていなかった。
なぜか、こうなってしまったのである。
シナリオとは全く違う動きをしているのにも関わらず、だ。
彼らの間に沈黙が続いていたが、ルーシーと同じ髪色、銀髪の少年が小声で話し始めた。
「……………………姉さんが中指を立ててるのって、もしかして、2人対して?」
「そうだろうね。なんで中指を立てる意味を知っているのかはなぞだけど」
「ゲームの設定じゃないかしら?」
「え、そんなことも設定されているの?」
「じゃあ、なんでこんな中世ヨーロッパ風の世界に魔法があるのよ。普通はないでしょ、魔法なんて」
赤毛の少女が目を細めていうと、紺色髪の少年がゆっくりと頷き、
「……………………ゲームの設定だな」
と呟いた。
普通の人なら、『なぜファックサインが乙女ゲームに設定されているのか』という疑問が浮かび上がることだろう。
しかし、彼らに疑問が生まれることはない。
実際彼らはそんなことどうでもよかった。
今彼らにとって問題なのは『ルーシーの元気がない』ことだからである。
立っていた黒髪少年だが、彼は近くの椅子に座った。
そして、ルーシーに聞こえないようまた小さな声で話し始める。
「それにしても、ルーシーは何もしないね。ゲームのルーシーなら、とっくにヒロインへの攻撃を始めていると思うけれど」
「確かに」
座ってもなお、黒髪少年の瞳はルーシーの後ろ姿をはっきりとらえていた。
……………………ストーカー並みにじっと見つめていた。
「今回は僕たちがいるから、動いていないのかもしれないな」
いや、黒髪少年だけではない。
他の3人も今にもルーシーを食いつきそうなぐらいに見つめていた。
何も知らない人がこの光景を見れば、すぐにでもルーシーを保護するだろう。
そんな変態染みた瞳をしている彼らは―――――――乙女ゲームの主要キャラクターたち。
そして、変態的な目で見られているとは知らず、窓際で黄昏ている銀髪の少女。
彼女の名前はルーシー・ラザフォード。
乙女ゲームの悪役令嬢であった。
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