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園芸部に花ひらく
とある私立高校の校舎から離れた場所にある削られた石で囲まれた花壇。色とりどりのチューリップの他に、景観を壊しかねない雑草が生えている。
そんな削青春真っ盛りの生徒なら恐らく気にしたことがないであろう場所に、二人の生徒が立っていた。
二人とも初夏とはいえ、長沢で長ズボンのジャージを着込み帽子と軍手を装着していた。
「さて、今日の園芸部の活動は草むしりだ」
花壇の直ぐ側に立っている男子生徒。一八〇センチを超す身長に筋肉質で引き締まった体。そして生涯顔で悩まないであろうほどに整った顔を持っている。つまり、俗に言うイケメンである。実際、彼は気づいていないが物陰から彼を虎視眈々と狙っている女子生徒は少なからず居る。
そんな彼は、両手を腰にやると女子生徒の方へと振り向いた。
「は、はい。木密先輩……」
覇気のない返事をした彼女もまた、木密同様に暑苦しい格好をしている。しかし、身長は僅かに一五〇センチを超える程度。体格は痩せてはいるものの、スリムかと問われればやつれていると言ったほうが正しいだろう。そして、顔立ちも童顔であどけなさが随所に見受けられる。
「どうしたの? 佐倉」
威勢がよくない返事を返されたことに木密は、容態を確認するかのように佐倉を見つめた。
「い、いえ。なんでもありません。ちょっと暑いだけなので」
佐倉は、木密に心配をかけまいと作り笑いを浮かべ元気なように振る舞った。
「そっか。なら早めに終わらせようか。水分補給も忘れないようにね」
木密は佐倉の作り笑いにどこか違和感を覚えつつも本人が隠しているのだからと、気にしないことにした。そして、早く終われるようにと佐倉へ声をかける。
「は、はい!」
佐倉は元気よく返事をする。木密は、違和感がなくなったことにまた別の違和感を覚え本当に憂いの元がなくなったのか、或いは笑顔を繕っているのかわからなかった。
その後、数時間。二人は花壇の雑草抜きに勤しんだ。
そして翌日。佐倉が教室へと入る。教室には既に多くの生徒がいたが、気にするものは誰もいない。
目立たないように自分の席へと移動すると、鞄から本を取り出し朝のSHRが始まるまでの時間を潰す。それが佐倉の日課だった。
昼休みになっても、食べる相手など誰もいない。教室の机でほそぼそと食べると後は読書に費やそうと本を取り出した時だった。廊下の外が騒がしくなり始めた。ほとんどが女子生徒の声であり、その渦中に男子生徒の声も聞こえる。その声は佐倉の教室の扉の前まで来ると、教室の扉が大きな音を立てて開いた。
「佐倉! いるか?」
勢いよく扉が開いたことと、木密の大声も相まって教室は静まりかえる。教室にいた生徒は木密を見ると続いて佐倉に視線を移した。
まさか木密が大声で自分のことを呼ぶとは佐倉は考えていなかった。そして何より、生徒の視線が一斉に佐倉に集中したことが耐えられなかった。佐倉は赤面しながら下を見ると、逃げるように早足で木密の元へと駆け寄った。
「どうした? 佐倉。熱でもあるのか?」
部活のときと大きく様子の異なる佐倉に、木密は手のひらを額に当てた。ただでさえ大量の視線に晒されて紅潮しているというのに、木密からスキンシップを受けたということで穴があったら入りたいという佐倉の思いは最高潮を迎えた。
「あつっ! 熱中症か? 水分取ってるか?」
木密は、自分の手が焼け焦げてないかとばかりに手を見て佐倉を心配する。
「き、木密先輩! 恥ずかしいです……」
佐倉は木密から少し距離を取ると、木密を囲む女子生徒群に目を配る。
木密は佐倉の様子から、周囲の女子生徒がいると緊張することを悟り一つ提案をする。
「わかった。なら屋上で話そうか」
「え?」
佐倉は、それを避けたかった。
佐倉自身、視線を避けようとしてくれる木密の気遣いには感謝している。だが、昼休みに木密と二人っきりになったらそれこそ変な噂が立って恥ずかしい思いをする。
だが、木密にどう言えばいいのかわからなかった。周囲には木密を狙っている女子生徒がごまんと居る。変に木密を批判する発言をすれば、彼だけでなく彼女らの報復も受けなければならない。そうなれば、佐倉の居場所はこの学校にはなくなるのだ。
「そういうわけで、ちょっとどいてくれる?」
木密は佐倉の青白い腕を掴むとそのまま女子生徒たちの中へと飛び込んでいく。木密を狙っている女子生徒たちは、道を開けてくれるも歯を食いしばりながら佐倉を睨んでいた。
結局、用件というのは単純に今日は部活がないという報告だけだった。すぐに二人っきりだけの時間は終わり教室への帰路につくも、事あるごとに周囲の女子生徒から睨まれそれは教室に入っても続いた。
いつもと違った嫉妬の目線に耐え続けようやく帰りのSHRが終わった際、佐倉は帰りの支度をしようと鞄を自らの膝の上に乗せ中を整理していた。そんな中、三人の生徒が佐倉に近づく。その不穏な影に佐倉が気がつくと、恐る恐る顔を上げて影の正体を確認する。
そこにいたのは、金髪に染めた女子高生とその連れ二人。金髪の女子高生は制服を着崩し、スカート丈は短すぎる。さらにはイヤリングやカラコンまで付けている。俗に言うギャルと呼ばれる人間だ。
彼女は目立つ。そうなれば、彼女が話しかけている佐倉も自然と目立ってしまうのだ。逃げたいという思いに駆られながらも、目の前のギャルから感じる強烈な威圧感により動く事ができずただ汗を書くことしかできなかった。
「な、なんでしょう……」
「私さ、これから野暮用があって忙しいんだ。掃除当番代わってくれる? だって佐倉さんって炎天下苦手でしょ? 私がこうしてさぼってもいい正当な理由を作ってるってわけ。それじゃ」
言葉の内容でこそ佐倉に配慮しているが、実際はただの威圧であった。嘲笑うかのように目を細め、顎を前に出し見下すかのような視線を送る。
佐倉は緊張と威圧感と屈辱の三つの思いが交錯するが、勝利したのは緊張だった。なにも言い返さず。否、言い返せずただ拳をきつく握りしめることしかできなかった。
「長谷部さんやっさしー!」
金髪の女子生徒──長谷部は連れの称賛の声を受け、三人は佐倉のことなどすっかり忘れきったように談笑しながら教室から出ていった。
「あ、校長先生さよならー」
三人は廊下で校長に出くわすが、元気に挨拶をしている。まるで、自分たちは品行方正な生徒だと言わんばかりに。
「ああ、さよなら」
校長は、三人が直前に仕事を押し付けてきたとはつゆ知らず挨拶を返した。
その後誰もいなくなり茜色の夕日が教室内に入り始めた頃、ようやく佐倉の掃除は終わった。
「ふぅ……」
佐倉は体が小さいため、教室の隅々まで綺麗にしようと思うと手が届かないところが多く時間がかかるのだ。
掃除用具を仕舞い急いで園芸部に顔出ししようとした時、走ってくる足音とほぼ同時に教室の扉が勢いよく開いた。
「はぁ……はぁ……」
そこにいたのは、木密だった。なにかを喋る余裕がないほどに、息が荒くなっている。
何事かと思う佐倉だったが、すぐにその理由を察し体が強ばる。いつまで経っても部活に来ないから怒って教室まで見に来たのだと。恐怖のあまり目を瞑り、いつ叱責が来てもいいように耐えていると木密は語った。
「花壇が荒らされているんだが……。何か知らないか?」
「え?」
自分を叱責する言葉ではなかったのはいいが、すぐに言われた文章を咀嚼しとんでもないことになっていることに佐倉は気がつき反射的に聞き返した。
「すみません、私ずっとここで掃除をしていたので何も……」
力になれなかったこと。元はと言えばこんな掃除を押し付けられてしまった自分の不甲斐なさを悔いるように項垂れた。
「そうか。ありがとう」
そう言って木密は少しばかり落胆の色の浮かべるもすぐに見かけだけの笑顔を取り戻す。そして情報を得るためにまたどこかへと走っていった。
佐倉も、何か手伝わなければとは思っっている。だが人と話すことが苦手な自分に一体何ができるのだろうかと考えれば、はっきり言ってなにもない。自己嫌悪に苛まれながらも、何か手がかりがあるかもしれないと花壇へと向かった。
そして佐倉は、花壇の側で信じられないような光景に絶句した。
チューリップの花がすべて潰され、あまつさえペットボトルなどが散乱している。どう考えても自然現象ではない。誰かが意図的に行わなければ不可能だ。
一体誰が? 何のために? 佐倉の中に苛立ちが募る。そんな彼女の元へ、木密がやってくる。
彼は学校中を駆け回って汗もかいているが苦しそうな顔どころか、冷淡な顔をしていた。そして佐倉の側に立つと荒らされたチューリップを見ながら佐倉に言った。
「なあ、佐倉。犯人見つけないか?」
普段の木密なら想像もできない言葉だった。
佐倉はあまりの驚きように本当に本人なのかとばかりに目線をチューリップから木密の方へと向ける。本人なのを確認し、佐倉は木密が本当に怒っているのだと理解した。
「見つけ──たい。たいです!」
再びチューリップの惨状を見た後、佐倉は決心した。
これは、今まで周りに流され続けた結果が生んだ悲劇なのだと。負の連鎖を断ち切るためには、ここで能動的に動かなければならないと。
佐倉は木密の方を再び向いて断言した。
とは言ったものの、犯人を見つける方法など考えつくはずもなく一日が過ぎた。意欲があるとはいえ、このままでは大言壮語となってしまう。
そして、昨日の夜は考えすぎてしまったせいで今日必要な教科書を忘れてしまうという体たらく。借りる相手などもちろんいるはずもなく、ため息をつきながら職員室へと向かう途中だった。佐倉の耳に非常に不愉快な耳障りの声が聞こえてきたのは。
「それにしても長谷部さ、花壇荒らして責任を佐倉に被せようなんてマジパネェ。しかも、そうなるように木密先輩にも用事作ったんでしょ? マジ尊敬なんですけど」
「え? まあ、そうでしょ?」
長谷部とその連れの会話であることはすぐに理解できた。声の発生源は職員室の前にある女子トイレであり、歓談しているようだった。教科担当に教科書を忘れたことをすっかり忘れ近くの壁に張り付くと、そのまま聞き耳を立てた。
「佐倉って最近調子に乗ってるよね。木密先輩に守ってばかりで自慢かっての」
「わかる。しかもわざわざあんな目立つ場所でやっちゃってさ。先輩も先輩だよ。なんであんな地味子が」
佐倉は怒りと同時に、失望を抱いた。そもそも、昔っから人付き合いが苦手な佐倉は侮辱されたところでさほど気にしてはいない。だが、問題は佐倉に迷惑がかけたいがために花壇を荒らしたという点だった。その点に関しては、哀れみの情すら湧き上がってくる。
「おーい、長谷部? どしたん?」
「え? うん。なんでもない。で、何の話だっけ?」
佐倉は意外に思った。教室であれだけ迷惑をかけてきた長谷部は、今の会話に参加していないことに。それどころか、全く聞いている様子すらなく今の発言は元気に取り繕っているのだとわかった。
「何って、佐倉が調子に乗ってるって話じゃん。だから花壇荒らしに行ったのに……」
「ああ……」
脱法行為を堂々と宣言する連れとは異なり、長谷部の声にはどうにも元気がない。それはさておき、今の発言をどうしようかと考えていると佐倉の近くに見慣れた人影が出現した。
「そういうことか……」
見覚えのある声とともに現れ、佐倉が振り向くと立っていたのは木密だった。
「木密先輩!? なんでここに」
驚きのあまり佐倉は声が裏返る。しかし、木密は全く動じていない。怒っていないように見えるがそれは違う。怒りのあまり他の感情が欠落しているのだ。木密は、今現在壁の向こうから聞こえてくる内容に瞋恚に燃えている。
「昨日の件を顧問に報告しようと思ってきたんだがな……」
そう冷静に言うと、女子トイレ前の壁へと凭れ掛かる。出てきたところをすぐに責めるためだ。
そして、不運なことに長谷部らはすぐに出てきてしまう。
「えっ? あ、木密先輩……」
長谷部が木密に気づき反応し終わるよりも前に、木密は行動に出た。冷静沈着な顔から一転して、鬼のような形相で長谷部を威嚇する。
「花壇を荒らしたのは長谷部、おまえか?」
その瞬間、付近が凍りついたかのようだった。周囲の生徒だけではなく、教師陣でさえ木密が放った威圧感に気圧され思わず口を噤む。
「そ、そんなわけないじゃないですか。ね? 長谷部先輩?」
長谷部の連れの一人が必死に長谷部を擁護し、もう一人の連れは佐倉を睨んだ。
「私は……」
長谷部は、連れから擁護されているというのに俯きながら口籠るばかりで自己正当化をしようとはしなかった。ただ両手を軽く組み指をただ無造作に動かすのみ。
「長谷部? どしたの?」
長谷部の連れでさえも、緊張を隠せない状況になり長谷部を心配する。
「私……が、やりました」
その一言に、長谷部の連れは衝撃を受け動きを止めた。開き直る様子もなく、長谷部は深々と頭を下げた。
「ごめん……なさい……」
木密は、長谷部は罪を認めないため認める責め立てようと考えていた。だが、拍子抜けしまい反応に困ってしまう。
「何? どうしちゃったの長谷部」
長谷部の連れは、長谷部を信じられないものを見るかのように心配する。
この場にいる全員、予想外の展開に困惑してしまっていた。
だが、そんな状況を打ち砕く人物画彼らに近づいてきた。
「花壇荒らしの件で彼女を責めているのかい?」
長谷部意外全員が声の方へと振り返り、その人物を把握する。近づいてきたのは校長だった。
「ええ、花壇荒らしの件についてしっかり説明させるつもりです」
木密が校長に、宣言する。
しかし、その言葉に校長は眉を顰める。
「長谷部くんは、何もやっていない。そうだろ?」
校長は長谷部を覗き込む。その顔は、どこか威圧感のある顔だ。
「……いえ、わたしが──」
必死に伝えようとする長谷部の言葉を、校長は遮った。
「木密くんと言ったかね? 犯人探しは結構だが、人に無理やり言わせるのはよくないと思わんかい? そもそも、花壇は本当に荒らされたのかい? 生徒を陥れるための自作自演じゃあるまい?」
そう言って校長は校長室へと入っていく。結局、休み時間が終わりかけているということもあり自然解散となった。
佐倉は、忘れ物の申告をせず怒られたがそれどころではなかった。
翌日、天気は生憎の雨模様だ。佐倉は、学校へ到着するなり突如木密とともに校長室へと呼び出された。
「昨日、君たちから受けた精神的ショックで、長谷部くんはお休みだ」
校長の机の前に、佐倉と木密は立たされて長谷部について告げられる。被害者だと言いかねない校長の発言に、木密は歯を食いしばる。
「俺たちが悪いとでも?」
「女子トイレから出てきた長谷部くんをいきなり詰問したようじゃないか」
「ええ、女子トイレで犯行を自白しているのを聞きました」
「女子トイレに聞き耳を立てるとは、よくこうも平気で言えるな」
校長は木密に嫌悪感を顕にする。だが、社会的に見て容認され辛いのは確かだ。木密は何も言い返せず、校長は最後に一言。
「君たちに対する処分を、検討させてもらう」
そう言い残し校長室から追い出された。佐倉は教室へと向かうが、扉を開けた途端多くの生徒が佐倉から顔を背けた。それだけではなく、中には佐倉の噂をする声も聞こえる。逃げるように早足で佐倉が自分の席に辿り着く。だが、そこにあったのはいつもの席ではなかった。
『いじめっ子』や『犯罪者』といった佐倉を罵倒する言葉が羅列された机だった。椅子を引いてみると、机の中からはゴミが落ちる。
佐倉は、一人ぼっちではあった。だが、せいぜい変な噂を立てられる程度でいじめられたことなどなかった。
突然の出来事に激しく動揺してしまうが、大人しく椅子へと座った。やりかえさなければとは思っているが、さらにいじめられるのではないかと思うと体に力が入らない。
あのとき、受動的にはならないと決心したはずなのに。
結局、この日はすぐに早退してしまった。
翌日、黒々とした雲が雨雲は発達し大雨となった。佐倉は、学校に行く時間をとうに過ぎ布団に深く潜っていた。学校に行きたくないと、思ってしまったからだ。家族には風邪を引いたと誤魔化したが、いつまでこの言い訳が通用するのかはわからない。時間が解決してくれないとはわかっているのに。
「お客さんよ」
佐倉の部屋に近づいてきた足音は三つあった。一つは母親のではあるが、もう一つは聞いたことがある。そして、もう一つは聞き馴染みがない。
佐倉が体を起こすよりも先に、部屋が開いた。
「木密先輩……? それに、長谷部さん……」
二人は母親が立ち去るのを見届けると、そのまま佐倉の目の前へと座った。そして、長谷部が大きく頭を垂れた。手を動かせば土下座になるほどに深く。
「校長……。いえ、私の祖父がごめんなさい。そして、花壇を荒らしたこともごめんなさい……」
佐倉の中で疑問に思っていたことが腑に落ちた。どうして校長は長谷部を必死に養護するのかを。
「佐倉さん、いじめにもあってるって聞いて。私、もう罪悪感でいっぱいで」
激しい自己嫌悪に陥る長谷部。その様子を見て、木密は優しく介抱した。
「私が花壇を荒らしたのは、あなたが羨ましかったから」
長谷部は歔欷の声を漏らしながら続けた。
「私は木密先輩に告白したけど玉砕したの。木密先輩は私たちの手の届かない至尊の存在だからって理由でやってこれた。でも、あなたは木密先輩と仲がよくて、私はそれが嫌だった。だから、私は二人の仲を引き裂こうとした。だけども、苦しかった。連れの二人に囃し立てられてやってしまったけど、とんでもないことをしてしまったんじゃないかって。毎日毎日、苦しかったの。だからあのとき、少しでも軽くなるように言ったの」
長谷部の告白を聞いた後、二人は黙っていた。長谷部を泣き疲れたのか深呼吸で落ち着きを取り戻す。
「校長を教育委員会に密告しよう」
そう最初に切り出したのはあろうことか長谷部だった。
「いいのか?」
「いいの。これ以上好き勝手させられちゃったら、私の心が耐えられないから」
親戚を通報するなど、並大抵の覚悟ではできないことだ。
一方で佐倉は、長谷部にある種の尊敬の念を抱いた。その覚悟に。
「何をすればいいの?」
佐倉が切り出した。受動的なイメージがつきまとっている佐倉が自分の意志で動こうとしたことは、二人には衝撃だが嬉しくも思えた。
「言われたことをすべて書いてほしいの。……ねえ、もしこれが成功したらさ、園芸部に入れてくれない? あんなことしておいて、図々しいのはわかってる。でも、せめて贖罪がしたいの……」
長谷部の発言に、二人はあまり驚かなかった。彼女なりの覚悟が伝わってきたからだ。木密は、グッドサインを決めて言い放った。
「もちろん」
「ねえ知ってる? 校長先生、左遷だってよ」
「佐倉ってやつがチクったらしいよ」
突如として校長の教師陣の一部が消えてから一週間。佐倉に対するいじめはある程度は収まったが、噂は完全に消えてはいない。
だが、一々そんなこと佐倉は気にしていなかった。
校舎から離れた場所にある削られた石で囲まれた花壇。
そんな削青春真っ盛りの生徒なら恐らく気にしたことがないであろう場所に、三人の生徒が立っていた。
三人とも初夏とはいえ、長沢で長ズボンのジャージを着込み帽子と軍手を装着していた。
「今日はアマリリスを植えようと思う」
木密はアマリリスの球根を二人の前に見せびらかした。
「アマリリス?」
長谷部は聞き馴染みのない言葉に戸惑っている。そして、佐倉もあまり馴染みのない花だった。そんな様子を見て木密は説明を始めた。
「アマリリスの花言葉は『誇り』だ」
「おお……」
長谷部と佐倉は、自分たちを思わせる花言葉のある花を選んだことに感嘆する。
「さすがですね、木密先輩」
そう言って佐倉は花が開いたかのような笑みを浮かべた。
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