【紀友則】

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【紀友則】

 桜って、「呪い」だよね。 長閑な微風はまるで戯れるかの如く、 桜樹の梢を静やかに揺振る。 桜の花片は梢との別れを惜しむかの如く、 ゆらりゆらりと舞い落ちる。 揺蕩(たゆた)い落つる桜の花片をその身で受けつつ、 女はそう宣う。 雲一つ無き蒼空に差し伸べられた墨絵の如き梢。 それに群れ為して咲き誇る薄桃色を帯びた白い花弁。 それらを見上げつつ、女はそう宣う。 何処か虚ろめいた微笑みを、その横顔に貼り付けながら。 桜の花とは異なるものに見惚れていた俺は、 やや狼狽しつつ言葉を返す。 心中に染み出す含羞を悟られないように、 やや素っ気ない口調で。    何でまた『呪い』?  こんな綺麗な桜の花なのに? 女は小さく溜息を吐く。 小さく被りを振る。 そして、囁くかのように言葉を続ける。 俺は、その横顔を見遣る。  紀友則が詠んだ短歌、ご存知かしら?  『久方の 光のどけき 春の日に         しず心なく 花の散るらむ』  桜の花に一喜一憂する人の心、  それは平安の昔から変わらないのよ。  桜の花が散ると言って漫ろとなる人の心、  それは千年を経ても変わらないのよ。  何一つ。 俺は、取り敢えず言葉を返す。  まぁ、そうだね。  昔から日本人って桜の花に右往左往だよね。 女は頷く、満足げに。
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