【紀友則】

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俺の言葉に頷いた女は言葉を続ける。  何時になったら桜は花開くのか?  何処の桜が枝振りが良く、そして綺麗なのか?  朝、昼、そして晩。何時の桜が見事なのか?  いつ何時に桜の花は散り果てて、  その姿を消してしまうのか?  それらに心を踊らせ、  その美しさに心を寄せ、  そして気を揉む人の性、  それは平安の昔から変わらないのよ。   まぁ、そうだよね、と俺は答える。 在原業平も桜のことを詠んでたね、 と俺は言葉を続ける。 女は深く頷く。 そして、俺の方に向き直る。 相も変わらず、どこか虚ろな微笑みをその顔に貼り付けたまま。 そして、再び言葉を紡ぐ。  『呪い』、それって何だか分かる?  勿論、魔術或いは呪術的な手法も  あるのかも知れないわね。  ハリーポッターのように  魔法使いが携えた杖から何か出すとか、  或いは、それが日本だったら  陰陽師が術や式神を使いこなすみたいな。  でもね、  『呪い』ってそんなに突飛なものではないのよ。  そして、そんなに劇的のものでもないのよ。  確かに存在し、そして我々の生を蝕むものなのよ。  緩やかに、密やかに、そして、さり気なく。  そう、私たちの日々の暮らし、  そのすぐ傍に在るものなの。 肌を撫でる微風はまだ冷たさを感じさせるものの、 澄み渡る空から降り注ぐ陽の光は、柔らかな暖かさを孕んでいる。 囀り声が響き渡る。その主は鶯だろうか。 鶯にしては下手くそなその囀り声は、 長閑な春の雰囲気に間抜けさすら上乗せしている。 そんな麗らかな春の日に、虚ろに微笑みながら『呪い』の話を口にするこの女は一体何なんだよとの思いに囚われる。 今更ながら、やや引き気味となる。 どこか冷たい感覚が背筋をぞわりと這い上がってくる、そのような心持ちだ。 出会ったばかりの頃ならいざ知らず、抜き差しならぬ仲となってしまった今に至ってもそう思わせるのだから、中々に底知れぬ女だ。
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