【在原業平】

1/4

12人が本棚に入れています
本棚に追加
/8ページ

【在原業平】

女は再び話し始める。 やや伏し目がちになりながら。 その口ぶりは先程まで比べ、 どことなく流暢さを欠いているように 感じられてしまう。  桜の花が纏う『呪い』、それは、『儚さ』よ。 微風が吹き抜ける。 弄ばれるかのように揺蕩う桜樹の梢。 そして乱れ舞う桜の花片。 女の声が響く。 それは何処か心細げであり、 そして何処か切なくもあり。  桜の花が纏う『儚さ』のイメージ。  私は、それが嫌い。  今の私は、その『儚さ』が嫌い。  さっき貴方が口にした在原業平が詠んだ歌、  それこそまさに桜が纏う『儚さ』  それを人の仲に言寄せたものなのよ。  『世の中に 絶えて桜のなかりせば        春の心は のどけからまし』  この歌の意味合いってご存知かしら?  散り急ぐ桜の花が抱かせる『儚さ』、  それを人との関わりに言寄せたものなの。  『儚さ』を感じさせる関わりならば、  そのようなものなど無いほうがいい、  そんな気持ちもまた込められた歌なの。    『儚さ』  それこそが桜の花の纏う『呪い』なの。  一夜の内に散りゆく桜が纏う『儚さ』  それこそがこの国の春に溢れる『呪い』なの。    この春が終わり行くとき、  そして次の春が訪れるとき、  今の私を取り巻く事柄や人との関わり、  それらが儚く変わり果ててしまうのかもしれない。  そんな哀しみに囚われてしまうの。  次の春が訪れたその時、  今、私の心を暖めてくれている幸せ、  それは儚く失われているのかもしれない。  そんな怖れが心を侵していくような思いなの。  桜の花を見上げる度、  こんな考えが頭を過ぎっちゃう。  来年の私は、一体どこで  桜の花を見上げているのかな。  来年の私は、一体どんな気持ちで  桜の花を見上げているのかな?  来年の私は、今と同じくらい幸せなのかな。  来年の私は、誰と一緒に桜を見ているのかな。  来年の私も、貴方と桜を一緒に見ているのかな。  去年までは、  こんな『儚さ』なんて他人事だったのに。  貴方と逢うまでは、  『儚さ』なんてどうでも良かったのに。  桜なんて、嫌い。  『儚さ』なんて、嫌い。
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!

12人が本棚に入れています
本棚に追加