【在原業平】

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女は俯き加減となっていて、 その表情はよく見えない。 その両手は白いワンピースのスカートを 軽く握りしめている。 ワンピースを握りしめた両の拳、 それは心なしか震えているようにも見える。 やれやれ、とも思うけど、 でも、安堵めいた気持ちもまた湧き上がってくる。 以前は自分の気持ちを表現するのに随分と苦労していたから。 これでも以前からすると随分と素直になったほうだ。 それに、嬉しくもあった。 悪いとは思いつつも、 何処か可笑しく思えたのもまた事実だ。 『儚さ』を気にする必要なんて全く無いのに。 俺はさっきまで桜を見る振りをして、 桜ではないものばかり見ていたというのに。 さて、どうやって理解してもらおう? 俺は女ほど饒舌でもないし、 そして、まどろっこしくもない。 面倒くさいことは苦手なほうだし、 女と触れあうことは好きだ。 俺は、女のほうに歩み寄る。 堅く握りしめた女のその拳を、そっと掌で覆う。 はっとしたようにその顔を挙げる女。 その瞳にはうっすらと涙が浮かんでいた。 女の両の拳を覆っていた俺の両の手、 それらを滑らせるように女の背へと廻す。 そして、女を軽く引き寄せる。 女は何か言い掛ける。 俺は心の中で呟く。 『儚さ』なんて有りもしないことを口にするなよ。 『呪い』なんて知るかよ。 『呪い』対策の定番って、きっとこれだよね。 女の唇を軽く塞いだ。 涙の匂いが鼻孔を(くすぐ)る。
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