【在原業平】

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 あ、あのね。  別に・・・  別に、そういうことしてって  言ってた訳じゃないのよ。  か、勘違いしないで。  ただね、まぁ・・・  来年も一緒に桜を見れたら、  まぁ・・・嬉しいかなって感じ?  でも、急に・・・  急にこういうことされても・・・ 唇を解放された女は、顔を真っ赤にし、 しどろもどろに何やら言い立てる。 今更、こんなことで大騒ぎすることもないだろうに。 まぁ、照れ隠しなのだろう。 女の両肩にポンポンと軽く叩きながら、 まぁまぁまぁと落ち着かせる。 少し思案し、こう声を掛ける。  今日は桜を見に来たんだから、  桜に因んだものでも食べていかない? 女は大きく頷く。 何度も頷く。 先程までの狼狽など、まるで無かったかのようにニコニコしている。  それいいね、何食べよっか? などと言っている。 何やら文句めいたことを言ってはいたものの、 結局は嬉しかったみたいだ。 自分が短歌やら何やら交えて長々と語ってきたのに、口吻一つで「ぶち壊し」にされてしまったことに釈然としない思いもまた抱えていたんだろう。 かといって、俺の行為自体は嬉しかったから、それらの気持ちが鬩ぎ合っていて混乱気味になっていたんじゃないだろうか。 それはさておき、桜に因んだものを食べようと言い出したものの、特に何かアイデアが有った訳ではない。 桜餅でもいいけど、中々に健啖なこの女のことだ。 それくらいじゃ物足りないだろう。 細身ながらも相当に食べるんだこの女は。 スマホを取り出し、女と一緒に画面を覗き込みながら桜に因んだ食べ物を検索してみる。 これ良くない?と女が声を弾ませる。 それは「桜鍋」なるものだった。 馬肉のすき焼きといったものらしく、 食べることのできるお店もあるらしい。 そのお店のホームページを表示してみる。 しかし、値段を見ると、中々に高い。 極端に高い訳ではないけれども、これから節約を心掛けなければならない俺にとっては、二の足を踏んでしまう額だった。 女の表情を伺ってみる。 その顔には、意気消沈したような表情が浮かんでいる。 どうやら俺と同じ考えのようだ。 女は節約家だ。 外食を摂るにしても、定食屋、或いはラーメン屋程度が関の山だ。 どうしようか、と思案する。 そして、思いついたことを女に提案してみる。  すき焼きだったら家でもできるよね?  俺の家ですき焼きってのはどう?  馬肉じゃなくて牛肉のすき焼き。 女はパッと表情を輝かせる。  すき焼き、いいね!  一ヶ月振りだね。  お肉も沢山食べて、  最後は牛丼みたいにして食べようね!  だから、ご飯も三合くらい炊かなきゃね! そして、その右手で俺の左手を取って古刹の出口へとさっさと歩み出す。 さっきまでの悄然とした態度など、 もう完全に嘘のようだ。 その頭の中は、もう一気にすき焼きで占められてしまったのだろう。 ちょっと、ちょっと!と文句を言いながら 俺は女に引きずられるようにして歩く。 最早、春の情緒もへったくれも無い。
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