尾久の栄依子ちゃんシリーズ お父さんの『おみやげ話』

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お父さんの話は、それで終わりませんでした。 「他にも、お父さんのお里には  遠州七不思議って言われてる  言い伝えがあるんだよ」 「どんなお話?」 栄依子はお話が大好きなので、目を輝かせました。 藤平は寄席に通うほど講談好きだったせいか お話がテンポよく上手だったのです。 「遠州は富士山のお膝元だから  綺麗な湧水が多いところだ  川や池もたくさんある。  なかでも『桜ヶ池』って古い池は  昔は京都のお公家さんや  将軍様が見物に来るような山桜の名所だった  ところがある時、日照りが続いて  川も池も干上がって  桜もみんな、枯れちまったんだよ  百姓は困って  お坊さんに雨乞いしてくれるように頼んだ    それで偉いお坊さんが来て  一心不乱に雨乞いすると  一転にわかに掻き曇り、雷が鳴って  雨が滝のようにざあざあ降ってきて  池も元どおりになった  けど、あんまり一心に祈ったお坊さんは  仕舞にゃあ、とうとう  大蛇になっちゃったんだよ  その大蛇は桜ヶ池に住み着いた  決して姿を見せないけど  春のお祭りの時に  お櫃にご飯をいっぱい入れて浮かべると  ぶくぶく沈んで  翌朝、からになって浮き上がってくるんだよ」 「その蛇が食べちゃうの?」 胡坐の中の小さな祥子が、 消え入るような掠れ声で訊きました。  「そうだよ、  桜ヶ池の大蛇が  お櫃のご飯を全部、食べちゃうんだよ」
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